このタイトルを見て、「え? AIがDXの邪魔をするって?」とびっくりされたかもしれません。ここで、本連載バックナンバーの『文書の承認フロー改良、悲喜こもごも』の節で(唖然と)眺めた、ハンコ押しロボットを思い出してみください。DX(デジタルトランスフォーメーション)の起爆剤となったCovid-19の第一波直前の発表でした。ITmedia NEWSの元記事のタイトルに「なぜ開発?」、末尾には、「“中継ぎ”としての利用が最適?」とあります。「なぜ開発?」は明らかに反語の勢い、つまり、(本来のペーパーレス化によるDXをやらずに)「なんでこんな時代遅れな発想に無駄に開発コスト、導入コストをかけるのだ?」と問うています。遠慮がちながら、その証左が以下の結語にあります。
「ハンコ文化から抜け出せない企業は、長期的にはペーパーレス化を視野に入れつつ、実現までの“中継ぎ”としてこのサービスを利用するのがよさそうだ。」
コロナ禍による強制テレワークで、社内でも企業間取引でも、承認・契約のプロセスや証拠文書づくりを簡略化した現場が多いことでしょう。「紙 × ハンコ・署名」の良いところは、複製を非常に困難にし、唯一性を保証できること。2者間契約なら原本を2部作成して双方で保管することで、さまざまなトラブルを未然に防げていたといえるでしょう。
しかし、物理的に保管している場所に行かねばアクセスできません。また、承認作業に時間がかかります。社外取締役が多いと、その人数分、取締役会の議事録の承認に、人数分の回数+1回郵送し、紛失リスクを恐れつつ、数週間、押印完了を待って、やきもきします。これを、印章の朱色の画像をPDFに貼り付けることで代替するという最小限の電子化を行っただけでも、劇的に承認系統を回るスピードは上がります。しかし、当然ながら、その程度の電子文書の証拠能力は低く、改ざん(tampering)などの不正の起こる確率は激増します。
そのため、拙稿では「本来、業務フローを機械前提に1から見直し、ゼロから再設計すべきです。この例でいえば、真っ先に、改ざん不能な帳票を安全にやりとりできるブロックチェーンで、100%デジタルデータによる高速、無形の承認フローを構築しようと考えるのが本来のDXでしょう」と書きました。ブロックチェーンは、仮想通貨よりも、このような用途のほうが劇的に経済社会を変貌させるポテンシャルをもっているのです。
セキュリティに不可欠となってきたAI(人工知能)を取り上げた前回は、日本のインターネットの父、村井純さんによるDXへの大いなる期待を紹介しました。そこでは、ただデジタル機器を導入するのではなく、データや判断、意思決定の流れそのものをデジタル上で完結させ、高速化することが熱く語られています。このようなDXで前面に打ち出す目標は、「業務改善」。それも、若干の効率化ではなく、10倍、100倍のスピードアップや、AI活用による均質さ(むらのなさ)、人には辛い業務の高精度化、省力化が目標となります。
イメージネット(ImageNet)を活用して認識精度のブレークスルーを起こした画像認識AIは、「人間の目の役割」を果たせる画期的なものでした。入力(画像)と出力(写ってるものの名前)のペアを大量につくって正解データとして与えれば、プログラミングなしで写真に何が写っているかを90数%の高精度で正解できるようになったのです。
プログラミングレスということ以上にビジネス上大事なのが、これは「暗黙知をキャプチャー」する、人類史上最初の道具だという点です。暗黙知とは、例えばミカンやカキの写真を見て、その写真がどちらであるかを言い当てられる能力です。「いや、私は数式と論理的思考を積み重ねてミカンかカキかを見分けてる!」ですって? では、さまざまな形、色(橙色~緑色~黄色)、形状、肌合いのミカンとカキの違いを100%完全に識別できるように言葉(日本語)や数式で説明してください。それに10万ページ使っても結構です。え? 「やっぱりできない」。そうですよね。形式知化が不可能な、根っからの暗黙知ですから。