そうして、ユウジさん側の弁護士が女性上司側の弁護士と連絡を取り、交渉の末、提示してきたのが「自分が書いたと認める謝罪文と、二度と書かないという誓約書の提出」を行えば、「損害賠償金500万円で折り合う」という和解案だった。もし「自分が書いていない」とするならば、そのまま裁判を継続するしか道はなかった。続けてユウジさんが語る。
「500万円でも高いです。せめて300万円なら、と交渉して折り合いました。誓約書の提出は私の信条と異なるところもあり屈辱的でしたが、それにより損害賠償金が減額となるので、背に腹は代えられません」
弁護士からは、「同種事案の判決では100万円から200万円程度」と聞かされた。しかし、過去の他の事案と同じ判決が出るとは限らない。
「弁護士さんにお願いしていたので、実際に裁判所に私が出向くことはありませんでした。それでも裁判の都度、届けられる書面を見るたびに鬱がひどくなっていきました。とてもメンタル面で持ちませんでした」
300万円は大金だ。判決なら一括での支払いが常識だが、和解なら相手の了承を得られれば分割での支払いも認められる。幸い、ユウジさん側の弁護士が交渉し、女性上司側も分割払いを認めてくれた。早く裁判を終わらせたいとの思いからユウジさんは、この和解で手を打つことにした。当時の心境をユウジさんはこう話す。
「誓約書や謝罪文の文面は、相手方から送られてきた文面を私の弁護士が熟読し、少し修正を加えて提出しました。あとは損害賠償金の支払い方法や時期を詰めて、事件はひとまず終わりました。とても解放された気分になりました」
この時点でユウジさんの弁護士費用は100万円を超えていた。損害賠償金と合わせて約420万円の出費だった。ネットに書き込んだのは5回。1回の書き込みが84万円の計算だ。
「支払いが終わって落ち着きを取り戻してから冷静に考えると、やっぱり俺は悪くないという気持ちがありますよ。つまんないことで訴訟しやがって、という気持ちがありますね」
とはいえ損害賠償金を支払ったことで、ユウジさんは自身の行動に対する責任を果たした。だが、誹謗中傷という自らが引き起こした事件については、「(相手への)恨みだけが残った」(ユウジさん)というのが正直なところだと話す。
刑事事件を起こして刑務所で服役している人たちの多くは、事件についてなんら反省をせず、自らを刑務所へと追いやった被害者や警察、検察、裁判所への恨みを募らせていると指摘する声もある。ましてや、民事で争われるネットでの誹謗中傷事件であれば、加害者が反省するほうがまれなのかもしれない。
法務省の調査によると、ネット上の人権侵害は2004年には418件だったが、以降、右肩上がりに増え続け、2016年には1909件にまで増えている。
これら事案の抑止のためにも、刑事事件化へのハードルを低くすると同時に、厳罰化が急務だ。スマートフォンやSNSの普及に伴い、気軽にネット上に書き込みができるようになったからこそ、「つい書いてしまう――」という人が委縮するほどの厳罰を課さなければ、個人を誹謗中傷する事案は撲滅されないのではないか。
(文・取材=陳桂華/ITライター)