そこで、日記をつけたり自分とは異なる考えの主張をしている本を読むなどしてたくさんの主義主張を取り入れ、自分の価値観や考えを多種多様な言葉で表現できる言語力をつけることです。すると、「自分はこれこれこういう信念で生きている。その結果もこれこれこのように自己責任で受け入れることができる」と、どのような批判や雑念にも、論理的に対処できるようになります。
自分の価値観には自分なりの正当性があることを論理的に説明できれば、それが精神的な支えとなり、確固たる自信となります。
幸福や満足は、他人との勝ち負けでは決まりません。人生の中ではいろんなことが起こりますから、ある一定の時期の成功だけで人の幸福は測れない。外面の優劣よりも、本人の内面の幸福感のほうが重要で、それも人生のタイミングによって変わります。
そう考えると、他人の内面など知りようがないわけですから、他人との比較は無意味であり、そこから生じる劣等感も、「もっとがんばろう」というプラスのエネルギーに変換できる人でない限り、人生の無駄遣いだということがわかります。
そんなふうに、自己肯定感を高め、自信を持って生きるメンタルを養う方法論について解説したのが拙著『“自己肯定感”のスイッチが入る! 自分を受け入れる力』(青春出版社)です。ご興味があれば、ぜひ手に取っていただければと思います。
自己肯定感が低い人は、他人からどう思われているかを必要以上に気にするあまり、相手に踏み込んで聞くことを恐れます。そのため、ちょっとでも不満なことがあったら、自分の気持ちを相手に伝えたり、なぜそのような態度を取るのかなどと聞いたりせず、自分の方から引いてしまいます。あるいは、ちょっとメールの返信がない、挨拶がぞんざいだった、軽くあしらわれた、無視された、というだけで、「ああ、この人は自分のことを嫌いなんだ」「裏切られた」と勝手に思い込み、自分から距離を置きます。
しかし、相手は別にその人のことを嫌いなわけではなく、ただ返事を忘れただけとか、考え事をしていて挨拶がおろそかになった、忙しくて気持ちに余裕がなく不遜な態度になってしまった、たまたま気が付かなかった、というだけのことかもしれません。なのに、相手に確認しようとせず、「あの人は礼儀知らず」「あの人は怠け者」「あの人は傲慢」などと、たった1つの言動だけで、その人の全人格を決めつける傾向があります。
自己肯定感が低い人は、相手に踏み込んで自分の本心を伝えたり、逆に相手の本心を聞こうとしないため、先入観や固定観念が非常に強固になりがちです。そして思い込んだら曲げることができません。事実を示しても、「そんなのはおかしい」と事実をねじ曲げてでも自分の考えに固執します。
たとえば医者にかかったら薬を出してもらうべきだと考えている人は、副作用が大きいから薬は処方しないと医者に言われたら、ヤブ医者だと非難します。経済学は正しいと考えている人は、経済学では説明できない相場動向や経済状況を「経済学的にあり得ない」と事実の方に目をつむります。それでいて、たとえば「昼休みに仕事をする同僚はおかしい」などと、「そんなのどうでもいいじゃん」と思えるような、ちょっとしたことにこだわります。
また、相手がどうすれば喜ぶかではなく、「こうすれば相手は喜ぶはず」と自分の思い込みで行動します。その典型例が「あなたのためを思って言ってるのよ」という親や親戚、先輩のセリフ。これも、自分の考えとは異なる相手が不満で、ただ自分の価値観を押し付けて本人が安心したいだけ。その理由を「あなたのため」とすり替えて言い訳をしているのです。