20年前のパソコン購入費用に50万円もかけているので、パソコンの修理を選択するケースが「サンクコストの呪縛」に相当する。この場合の正しい最適な判断は、修理代35万円と最新パソコンの購入費30万円を比較して意思決定を行うことだが、これは情報システムでも同様である。
しかも、この問題が複雑なのは、コスト以外の問題も存在する。複雑な構造に起因するシステム障害などのリスクだ。古いプログラミング言語(例:COBOLやFortran)やハード機器などで構築されたいくつかのシステムがあるとき、まずはそれら既存システムを維持しながら、データの共有を行う仕組みを構築して、システム統合を行う方法もある。他方、既存システムは完全にリセットし、最新のプログラミング言語やハード機器などを利用しながら、ゼロ・ベースで新たなシステムを構築する方法もある。今後の維持管理やデータの利活用を考慮すると、後者の政策判断が合理的だが、前者を選択してしまうケースが多い。
合理的な政策判断ができないのは、いくつかのリスクがあるからだ。最も大きなリスクは、新たなシステム構築で発生するかもしれないシステム障害である。例えば、2020年10月1日では、東京証券取引所でシステム障害が発生し、終日売買を停止した事件は記憶に新しい。政府情報システムでこのような事態が発生した場合のリスクを考慮すると、順調に動いている限り、既存システムはできるだけ変更したくないという慣性が働くのは当然だ。
しかしながら、抜本的な改革を先送りし、パッチワーク的なシステム統合や修正を継続した場合、データ共有などの複雑性が増大していき、いつかその仕組みは限界に達する。優秀なシステム・エンジニアでも、その複雑な内部構造を理解できなくなり、既存システムの修正でも不具合が発生してしまうことも出てくる。問題の本質は、抜本的な改革をいつ行うのかというだけである。
また、抜本改革を行う場合、将来的に新システムの修正・統合やデータの移行が必要になった場合でも、その内部構造を複雑化させないよう、クラウド等の仕組みを利用し、いつでも円滑かつ容易に実行可能な仕掛けを設計の初期段階からどう内在させるのかという視点も重要である。これは、思い切った政治判断がない限りはできない。一定のリスクがあることを承知で、すべての責任は政治が引き受ける強いメッセージや覚悟が必要である。むしろ重要なことは、抜本的なシステム構築の過程で発生する一定の失敗に寛容になり、それを教訓にしながら、デジタル政府の内容や質を迅速かつ的確に開発・改善していくという姿勢(いわゆる「アジャイル開発」)だ。
(文=小黒一正/法政大学教授)