地方が国と一体となり再分配政策の一部を担う理由は、広い国土におけるさまざまな申請・手続きを国のみで担うのは不可能であるからだが、デジタル政府の構築が進み、政府サービスの99%が電子化されれば、行政窓口に並ぶ必要はなく、申請・手続きの空間的な制約が消滅する。
従来の申請・手続きでは空間的な「住所」が重視されたが、デジタル政府では、国や地方を問わず、ネット上で政府との情報伝達が可能な「個人アカウント」の方が重要となる。このため、日本の「マイナンバーカード」に相当する、エストニアの「eIDカード」では「住所」が記載されておらず、ICチップに電子メール(任意に最大5か所)を登録することで情報伝達が可能になっている。これは、国と地方の制度的な関係を整理せずに、デジタル政府を構築することは難しいことを示す。
第3は、政府情報システムを概ねゼロ・ベースで刷新する政治的な決断の重要性である。まず、2016年度におけるIT予算の総額がどの程度かわかるだろうか。「約5354億円」というのが回答だが、IT予算は、(1)整備経費(新規開発や機能改修・追加といった情報システムの整備に要する一時的な経費)、(2)運用等経費(情報システムの運用、保守等に要する経常的な経費)、(3)その他経費(国の行政機関以外の情報システムに関係する経費等)の3つに分類される。
一般的にIT予算や建設・不動産といった世界では「新規開発は全体予算の2割にすぎず、残りの8割が維持管理費で失われる」という経験則が存在するが、5354億円のIT予算でも、新規開発などに関する「整備経費等」<(1)+(3)>が約1352億円(全体の約25%)であり、情報システムの運用などに関する「運営等経費」<(2)>が4001億円(全体の約75%)となっている。すなわち、大雑把にいうならば、IT予算の約8割がシステムの維持管理費となっており、2019年度のIT予算は約7000億円にまで膨張している。
また、そもそもデジタル政府の構築により、確実な給付と公平な負担を実現するためには、税制や社会保障に関するデータなど、いくつかの既存のシステムが保有するさまざまなデータを共有する必要があるが、その場合に2つの対処方法がある。一つは、パッチワーク的にいくつかの既存システムの修正を行い、データを共有する「対処方法?」である。もう一つは、既存システムの一部を残すとしても、概ねゼロ・ベースで新たなシステムを構築する「対処方法Ⅱ」である。
「ムーアの法則」が一つの象徴だが、ITの世界では情報システムの性能向上のスピードが極めて速い。例えば、最新のパソコンの性能は数年前と比較にならないほど向上し、数年前のパソコンの値段は大幅に下落する。むしろ、古いパソコンを維持管理するほうがコストは嵩む。これは情報システムも同様であり、ビッグデータの処理を迅速かつ効率的に行うためには、対処方法?で最新のシステムを構築したほうが望ましいのは明らかだ。しかしながら、そのような判断は、なかなか難しい。
では、その理由の一つは何か。ここで重要な概念が、経済学の「サンクコスト(sunk cost)の呪縛」だ。サンクコストとは「過去に投じた費用であり、もはや回収できない費用」をいい、我々人間の判断や行動はときどき、サンクコストの呪縛に縛られることがある。例えば、20年前に50万円でパソコンを購入して大切に使用していたが、一部が故障してしまったとしよう。修理代が35万円かかるが、データ処理やソフトの性能が向上した最新のパソコンが30万円で購入できる場合、どのような判断が最適なのか。