こうしたおじさんとの対話を通じて、コペル君はたくさんのことを学んでいくのです。
本書の最後で、著者の吉野は読者に対して次のように語りかけます。
まさにこれから太平洋戦争が始まろうとしている軍国主義下の日本で、一人ひとりに主体的な生き方を問いかけるこのような小説が出版されたこと、そしてそれが今日にまで読み継がれるベストセラーであり続けていることに、驚きと感動を覚えます。
あれから80年以上が経った今、私たちが置かれている社会の現状を目の当たりにして、若者たちがこの本に強い共感を覚える気持ちはとてもよく理解できます。
皆、もはや受験やビジネスなどの小手先のテクニックやノウハウなどではなく、より本質的な「生きることの意味」を探し求めているのではないでしょうか。
ただ周りの人たちに忖度し世間に迎合するのではなく、世の不条理に正面から向き合い、それを自分なりに考え、自分なりの解を導ける大人になろう――こうした当たり前のことが現代の若者たちの心にここまで強く響くのは、逆に、そうでない大人がいかに多いかということの証左ではないかと思います。
本書全体を通して見ると、そこで問われているのは、人としての「覚悟」ではないでしょうか。自分の人生に対して真摯に向き合おうという。
でも、その「覚悟」は一体どこから出てくるのでしょうか。誰かから「覚悟を持ちなさい」と言われたら出てくるものなのでしょうか。
ラテン語で「メメント・モリ」という警句があります。直訳すれば、「死後の世界を想像せよ」ですが、もともとは「どうせいつかは死ぬ身なのだから、できるだけ今を楽しもう」という意味でした。
これが、キリスト教の影響を受けて変化し、今では「自分が必ず死ぬことを思うと、今この瞬間の大切さがわかってくる」という意味に解されています。自分がいつか必ず死ぬことを考えれば、腹をくくれるということです。
第2回で紹介した映画『生きる LIVING』の見出しには、「最期を知り、人生が輝き出す」とありますが、まさにその通りだと思います。
死を意識することは、そのコントラストとして生を意識することでもあります。死を思う(メメント・モリ)ことで、初めて生が輝き始めるのです。もし死がなければ、生の完全燃焼というのもありえません。
アップルの創業者スティーブ・ジョブズの歴史的名スピーチをご存知でしょうか。
2005年に、スタンフォード大学の卒業式で行ったもので、彼はその中で、死について次のように語っています。