これまで現代科学では、感情の必要性や、反射的行動(「何も考えずに」おこなう反応のこと)と比べたその利点は必ずしも認識されていなかった。
それどころか、いまから半世紀足らず前ですら、認知心理学者のアレン・ニューエルや経済学者のハーバート・サイモン(のちに別の研究でノーベル賞を受賞する)などの科学者は、人間の思考は突き詰めれば反射的であると唱えていた。
1972年にニューエルとサイモンは、論理やチェスや代数を用いたパズルを被験者に次々に出し、解きながら自分が何を考えているかを声に出すよう指示した。
そしてその様子を録音して一瞬ごとの言葉を丹念に分析し、規則性を探した。目的は、被験者の思考プロセスを支配する規則を見つけ出して、人間の思考の数学的モデルを作ることだった。
そうすることで、人間の心に関する新たな知見を得て、線形的な論理ステップの限界をはるかに上回る「知的な」コンピュータプログラムを作る方法を発見できればという狙いだ。
ニューエルとサイモンは、人間の理性、すなわち思考は、いくつもの反射的反応からなる複雑なシステムにすぎないと考えていた。
正確に言うと、思考は生成規則システム(プロダクションルールシステム)と呼ばれるものでモデル化できるということだ。これは、「もし……ならば、……をせよ」という形の厳格なルールの集まりのことで、全体として反射的反応を生み出す。
たとえばチェスにおけるそのようなルールの1つが、「王手を掛けられたらキングを動かせ」というものだ。生成規則を踏まえれば、我々が何らかの決断を下す方法、ひいてはいくつかの行動に光を当てることができる。
たとえば人は、「物乞いからお金をせびられたら無視せよ」といったルールにある程度無意識に従う。人の思考が本当に巨大な生成規則システムにすぎないとしたら、我々はアルゴリズム的なプログラムを走らせるコンピュータとほとんど違いはないことになる。
しかしニューエルとサイモンの考えは間違っていて、彼らの取り組みは失敗に終わった。
その失敗の原因を解き明かせば、我々の情動系の目的と機能に光を当てることができる。単純なシステムにおいて完全な行動戦略を組み立てるには、どのように生成規則を組み合わせればいいか、考えてみよう。
例として、屋外が氷点下のときに屋内の温度がたとえば21℃から22℃の範囲内に保たれるよう、サーモスタットをプログラムするとしよう。それは次のようなルールを使えば実現できる。