目線以外で困るのは表情です。若い頃、私は不愉快なことがあると、すぐに顔に出てしまっていました。しかし、これでは交渉ごとはうまくいきませんし、人間関係も築きにくくなってしまいます。感情は表に出さないほうがよいのです。
では感情を表に出さないためには、どのような表情を心がければいいのでしょうか。ノーベル文学賞の候補にもなった作家・安部公房の小説『壁』のなかに、こんな一節があります。
微笑は「楽しい」という感情を示すための表情ではありません。実は微笑こそが、最も感情を読み取られにくい表情なのです。
私は苦しいとき、不愉快なときこそ、微笑を心がけるようにしています。微笑は感情を隠せるだけではなく、なぜか苦境を乗り切れそうな気がしてくるものだからです。
ここまで、人前でのスピーチや苦手な人との向き合い方など、いわば「危機に対処するための伝え方」を述べてきました。
ただ、危機への対処の仕方はもちろん大切ですが、危機を未然に避けることができれば、それに越したことはありません。昔から「備えあれば憂いなし」ともいいます。危機に対処するには、まず準備が大切です。
重要な会議や商談など、事前に日程がわかっているものであれば、当然準備をしてから挑むことでしょう。しかし、コミュニケーションの機会はあらかじめ確定しているものばかりではありません。「今から10分後に、簡単に打ち合わせしようか」などと上司に言われ、突発的に始まることもあります。社内の打ち合わせに限らず、日々の雑務に追われるあまり十分な準備ができないまま、打ち合わせに挑まざるをえないこともあります。
そんなときに役に立つのが、「1分間のひとり作戦会議」です。打ち合わせが始まるまでの1分間に、頭の中で作戦を練るのです。
初対面の相手でなければ、どのような発言をするのかは大体の予測はつきます。そこで会議のキーパーソンたちの発言を1分間で予想して、それに対して「何をどう伝えるか」を考えておくのです。いわば「完全なぶっつけ本番」を避けるための方法です。
「伝え下手な人」に共通の特徴として、「とっさの返答」を苦手としていることがあります。後から振り返れば大して難しい質問でもないのに、急に聞かれたために失敗をしてしまうことも珍しくありません。
そこで1分間だけでも準備して答えるのと、完全に不意をつかれるのでは、返答内容はだいぶ異なってきます。「たかが1分、されど1分」、打ち合わせ前の1分を無駄にしないようにしたいものです。