稲田:広告はもちろん、ニュースや「自分の好きなもの」でさえ、ネット上のアルゴリズムによって、個人別にカスタマイズされたサジェストが降ってくる。本当に、何かを考えて選ぶ必要がない時代になりました。
金間:先ほど稲田さんは、倍速視聴する人たちはタイパ(タイムパフォーマンス)を重視しているとおっしゃいましたが、個人的には「パフォーマンス」という言葉にはちょっと違和感もあります。いい子症候群の若者たちにはそぐわない積極的な意味が含まれるからです。
今の若者はワークライフバランスを重視すると言われますが、これも積極性を内包する言葉で、「積極的に時短して空いた時間を有意義に使う」というニュアンスがある。それもいい子症候群が好むことではありません。少し前、仕事終わりに若者を飲みに誘ったら「それって残業代出ますか?」と返されたという話が話題になりましたが、それは“意識高い系”であって、断るだけの主体性をいい子症候群の若者たちは持ち得ていません。しかも、仮に空いた時間で若者たちが何をしているかというと……。
稲田:TikTokを見ていたりする(笑)。
金間:そう(笑)。Instagramで延々とストーリー(動画)を見ているだけだったり。
稲田:でも、彼らにとってTikTokを見るのはムダな時間ではないと思います。映画やドラマを観るのは能動的で積極的な行為、つまりdo。しかし、彼らが求めているのは心地いい状態や状況をダラダラと続けること、つまりbe。beの最たるものがTikTokじゃないですか。
金間:なるほど、そこに積極性はない。
稲田:なんとなくフリックしながら無目的に大量の動画を見続ける。つまらなかったらどんどん「次」に行けばいい。一瞬たりとも不快のない、心地いい状態が長時間続くのは、ある意味で「コスパがいい」とも言えます。
金間:学生へのアンケートで「あなたが何かに挑戦しようとしているとき、それをためらってしまう要因はなにか」と聞くと、「自分の能力ではできないから」が1位になります。これが、いい子症候群を生む日本の根源的な原因ではないかと私は考えています。つまり、自己肯定感の弱さです。
「十分練習したからうまくいくはずだ」と思うのは自信のある状態を指しますが、自己肯定感とは、根拠がなくても、自分なら大丈夫だと思える状態です。日本人は、訓練をして自信をつけることはできますが、自己肯定感が低く、備えれば備えるほど「できない」と思うようになっていくのが不思議です。
稲田:「この作品が好き」などと声高に言えない若者が多いのも、自己肯定感が低いからかもしれません。○○が好きだと言ったとたん、「へー、なら○○についてはお前が一番詳しいんだろう」と言われてしまうのが怖い。
下手に「好き」なんて言えない代わりに重宝されているのが「推し」という言葉です。推しは、ただ謙虚に応援しているだけという姿勢の表明ですから、責任が伴わないんですよね。これも積極的に踏み出すdoではなく、心地良い状況に浸るbeです。
金間:リアルの世界でも「推し」は好んで使われますね。会社や学校で、「私、あの先輩推しなんだ」とか。こんな話があります。20代の後輩女性社員が自分を推していると聞いた先輩が、てっきり自分のことを好きなんだと思って告白したそうです。ところがすぐに断られた。「ごめんなさい。推しってそういうことじゃないんです」と……。
稲田:痛い(笑)。先輩や上司をキャラ化して、離れたところからそっと見ている状態、つまりbeとしての推し行為が快適なのであって、べつに能動的に交際したいわけではないと。交際しようとするアクションは完全にdoですからね。