私は脳の研究をしていますが、脳の研究方法にもいろいろあります。人間の脳を科学的に取り扱って研究するのは容易ではありませんので、私は哺乳動物であるマウスの脳にヒントを得ながら研究をしています。普段自分が用いている研究材料や研究方法を紹介しつつ、研究の現場のリアルな実態について知ってもらえればと思います。
脳は、みなさんも1つずつお持ちで、付き合いも長いと思いますが、ご自身の脳のことについてどのくらいご存じでしょうか。そう言われてみると、あまり脳のことを知らないで過ごしているなぁという方が多いのではないでしょうか。かく言う私も、まだまだわからないことばかりで、むしろ自分の脳がわからないからこそ研究者を志しましたし、ライフワークとして選択しました。
脳は、大体1300gくらいの脂っぽいかたまりで、頭蓋骨によって堅牢に守られています。さらに頭蓋骨の下では、硬膜、クモ膜、軟膜からなる髄膜によって保護されています。ゆで卵の薄皮のようなものを思い浮かべていただければよいでしょう。
心臓や腸などと違い、動きがないため外観からその働きを類推することは困難です。脳を取り出してみても中には液体が詰まっているばかりで、全く何をしているところなのかわかりません。事実、長い間、脳は単に血液を冷やすための器官だと思われてきたという歴史があります。心の働きの中心的な働きをする場所であると考えられ始めたのは、ほんの最近のことなのです。
さて、脳神経という言葉がありますが、脳と神経は何が違うのでしょうか。神経は、全身にくまなく張り巡らされている導線のようなもので、手足や目、鼻、口、耳などの五感からの情報を脳へと伝える役割を担っています。あるいは、脳からの情報を筋肉に伝えて筋肉を動かすのも神経の役割です。脳は、神経の情報を統合し、全身に指令を伝える司令塔のような働きをしています。
脳と神経を合わせて、神経系と言います。系というのは、システムと言い換えるとわかりやすいでしょうか。脳や、脳と全身のインターフェースである脊髄を合わせて中枢神経系と呼びます。
一方、体に張り巡らされている神経は、末梢神経系と呼ばれています。このうち、五感からの情報を脳に伝える神経を感覚神経系、筋肉を動かす神経を運動神経系と呼びます。さらに、臓器や筋肉と連絡し、意識することなく体のいろいろな機能を調節している神経は、自律神経系と呼ばれており、活発に働く時に優位になる交感神経系と、リラックスしているときに優位になる副交感神経系からなります。
私たちは、普通、自分の体のことは自分ですべてコントロールできる、自分の意思ですべてを決定していると思っているかもしれません。しかし、逆に私たちの体の働きのほとんどは無意識のうちに起こっているもので、意識してやっていることはほとんどないと言われています。もちろん、脳が重要な働きをしているのは間違いないのですが、自分の脳のことですらも、意識に上る部分はほんの氷山の一角に過ぎないと考えられています。
この「意識ある脳」が脳の働きのほんの一部であるために、脳を研究することは非常に難しいものとなります。人間の脳の活動を直接測定する技術はほとんど存在しないからです。まして、言葉を話さない動物の脳を研究するのは、非常に骨が折れます。