これをもっと発展させて、たとえば、スマホのカメラに装着すれば、いつでもどこでもまったく同じ条件で皮膚を写せるガジェットとAIを組み合わせて、遠隔であっても自動で診断することが可能になります。電子処方箋とお薬の配送サービスを組み合わせれば、顧客体験も一変します。
また、たとえば喘息は特徴的な音が聞こえますが、たくさんの聴診データを集めてクラウド上に置いておけば、喘息をお持ちのお子さんの親が家庭でスマホに接続したデバイスを子どもの胸に当てて、AIに喘息発作が起きていないかを教えてもらうことも可能でしょう。
これらはもちろん現在の規制下ではできませんが、技術的には十分可能なレベルまで到達しています。そして、それらを可能にするデバイスの原始的なものが、現在のウェアラブルなのだと思っています。
しかし、ここにプライバシーの問題があります。
アメリカは、個人情報保護に関してゆるく、本人がいいなら、いいという文化です。ヨーロッパは、本人がよくても、守らなければならないものは守れということで、国家がGDPR(EU一般データ保護規則)などによって、より防御を固めています。
日本はというと、そもそも本人が「いい」と言いません。「なんとなく怖い」という感覚がありますよね。
たとえば、大きい病院と、クリニック、介護施設、老人ホームなどのデータをつないで、みんなが閲覧できるようにすれば、患者本人の受けられるケアの質は上がります。
かかりつけの先生が、老人ホームの情報を見て、「食事が減っているな。数年前に胃がんの摘出手術をしているのか」など、情報を共有しながら診療できれば、間違いなくケアの質が上がります。
しかし、共有されません。病院は、「もし個人情報がどこかに漏れたらどうするんだ。責任を問われるのはうちだ」と考えてしまう。仮に患者さんがいいと言っても、ダメなのです。
それに、使える状態でデータが出てこないという問題もあります。共通のフォーマットや言語がないため、血圧のデータを提供されたとしても、ファイル形式が違えば使えません。
これが「ベンダーロックイン」と言われるものです。現在、マイナポータルを使って、共通の規格でデータを閲覧できるようにするという試みがはじまってはいます。
データ形式を標準化して、相互運用性を担保したうえで情報を持っておく。たとえば、家庭用血圧計のデータなども、標準化されれば、それを健康アプリの事業者が取得して、アルゴリズムを回し、「あなたは血圧が高いので、このような減塩食品がおすすめですよ」というふうに使えるわけです。
私は、今後、「セルフケア」の時代に入ると考えています。身に着けたウェアラブルデバイスやスマホなどから、生活習慣に関わるライフログを取得して、行動変容を起こしていくという未来が予想されるのです。
たとえば、たくさん歩けばポイントがもらえるとか、買い物中にお得な健康食品の通知が届くとか……普段の生活の領域に、気づかれないようにそっと介入していくタイプのサービスが浸透してほしいなと思っています。
集めたデータを、どう脳にセンシングさせるのかという技術も考えられます。いま面白いのは、ARの技術です。
ARの見えるコンタクトレンズが開発されて、スーパーで食品を見た瞬間に、自分にとって必要な商品はこれだというのが見えたり、鏡の前で身支度していると、「将来あなたのルックスはこうなる」というものが見えたり……「いまのままの生活を続けると、10年後にはこんなに太りますよ」とか(笑)。
そうなったら面白いですし、効果的だと思います。脳に対する入力は、今後のテーマになっていくでしょう。
ウェアラブルといっても、いまはまだ、健康データは、意識して自分で見なければならないものです。このひと手間をなくせば、さらに楽しいものに仕上がっていく。それが未来のヘルスケアになるのではないでしょうか。
(構成:泉美木蘭)