森永氏がそう思うのは、自身がネット業界の黎明期を過ごし、いわば先行者利益を享受できた側という自覚があるからだ。
「私がデジタルマーケティング業界で特殊で幸運だったのは、まさに1995年に大学生だったことなんです。
インターネット黎明期に初心者として業界に入り、基礎から覚えられたので新しいサービスや技術が出ても、インターネットの歩みとともに自分の歩みも止めなければ、それほど苦労して勉強する必要もなかった。例えばプログラミングを例に出すと、私も今ここで『Pythonでプログラムを書け』と言われたらすぐには書けないけど、基礎は知っているから、何冊か読めば書けるイメージはあるわけです。
でも今、新卒で入ってきたり、異業種からネット業界に新しく関わる人たちは、すでに30年の歴史の積み重ねがあるなかで仕事をする必要がある。目の前の業務に手いっぱいなのに、30年分を振り返るのは大変なことだと思います。
だからこそ、この本が、そういう人の役に立てばうれしいですよね」
森永氏によると、周囲から一番反響があったのは先述した「ブランディング広告」の項目だったそうだが、本書ではさまざまな細かいトピックを「欲望」という切り口で、流れの中で解説している。
さまざまな職種や業界から、ネット業界に就職・転職する人も増えている昨今なだけに、複雑化・細分化した現代のネットビジネスに向き合ううえで、最初に読むべき手引き書になりうるだろう。
もっとも今の時代、多くの業界が、ネットが仕事に関わってくるだろう。たとえば出版業界は、インターネットの影響を大きく受けた業界だが、本書の編集担当者からは「出版の歴史の振り返りにもなる」といった声もあったという。
「それぞれの業界で当時の仕事の状況を思い出して整理するきっかけになるし、ミドル以上の世代の方には、昔の仕事を思い出しながら飲むときのネタにもちょうどいい本かなと思っています(笑)。
個人的にはこの本を書いたことでライフワーク的にネットの歴史を振り返るうえで大切な証言や史料を集めやすくなれば、おもしろいなと密かに思っていますね」