店に置く本は買い取りで仕入れている。返品ができないため、選書には力が入る。選書の基準はテーマや著者などだが、リアルな本を売るだけに装丁も大事にしているという。
選ぶのはベストセラーではなく、しばらく在庫として抱えても価値が薄れない“賞味期限の長い”本。選書は新聞の書評やSNSの情報を参考にしているが、何よりの市場調査は自分でカウンターに立ち、お客さんがどのような本を買っていくかを見届けることに尽きる。
客層はさまざまで、時に3~4冊のまとめ買いで「この組み合わせ?」と驚かされることもある。一期一会の発見が実に面白く、お客さんと話をするのが楽しい。取材のために誰とでも話ができる新聞記者のスキルが、意外なところで生きた形だ。
しかし現実は厳しい。1000円の本が売れたとして手元に残るのは200円~300円。本だけ売っても立ち行かなくなるのは明らかで、落合さんの店ではコーヒーの提供、文具や雑貨の販売、イベントスペースの貸し出し、また新聞記者の経験を生かしたライティングの個人レッスンをしている。
イベントは本の刊行トークイベントや演奏会、短歌教室など多種多様で、コロナ禍以前の2020年2月までは、年間100回以上のイベントを開催していた。ひとたび、イベントを開くと予期せぬ人との出会いがあり、何気ない雑談が次のアイデアにつながる。「場」があってこそ始まるもの、生み出されるものは確かにある。
店は12時開店、曜日によって17時~18時閉店とつねに時短営業。フルタイムで働く妻は朝7時に家を出るので、午前中は洗濯など家の仕事とランニングが落合さんの日課になっている。夕方は子どもの学童クラブや習い事の送迎に合わせて閉店。夕ご飯は家族そろって食卓を囲む。
新聞記者時代は「まずは仕事、暮らしは二の次」だったが、今はその逆で家族と過ごす時間が一番になった。ただ、稼ぎ時の土日は店を開けるので、週末に家族で出掛ける時間はなくなった。
開業に反対していた妻は、60歳を過ぎても楽しそうに働く落合さんの姿を見て「見守っていこう」と考えを変えつつある。幸い妻はフルタイムの仕事があり、3人で暮らしていくには何とかなっている。「良いことも悪いことも共有しながら、これからのことを一緒に考えていきたい」、夫の仕事にそう理解を示すようになった。
落合さんは9月末、開業までの道のりを赤裸々につづった著書『新聞記者、本屋になる』(光文社新書)を出版した。以来、わざわざ訪ねてくる人が増え、その分、売り上げも増えた。
ありがたいが、落合さんが望むのは高跳びせず、赤字を出さない程度でいいから長期間にわたってお店を続けること。そのために売り上げが良いときは調子に乗らず、抑え気味に。逆に悪いときは落ち込みすぎず、工夫して乗り切ろうと心に決めている。
本屋になってから、いかに自分が世間知らずだったか、思い知らされることは多々ある。その1つがジェンダー格差の現状だという。
記者時代を振り返れば、男性である自分は年齢を重ねるごとに、当たり前のように力を身に付けていった。しかし女性というだけで、平等に競争のスタートラインに立つことすらできなかった人はたくさんいたのではないか。取材を通してそれなりに社会の不平等は見てきたはずなのに、気づけていなかったことはたくさんあると反省した。