すると購入希望者がすぐに表れ、予定数をすべて販売できた。オリーブの塩漬けを手づくりしたい人などがいて、市場ではあまり出回らない生のオリーブにニーズがあったのだ。
このペースで売れるなら、あとは量を作れば採算は取れる、と判断。翌年からオリーブオイルも販売を開始したところ、もくろみどおり注文が相次いだ。
妻との約束どおり、生計を立てられるめどが立ったことから定住を決意し、自宅を建てて自家搾油所も設けた。今ではお茶や化粧品など商品も増やし、自社サイトで販売している。
オリーブオイルはリピーターのお客さんに愛され、入手困難なほどの人気商品になった。妻も今春、自宅の庭に「小さなお店」という直売所&カフェを開設。お菓子作りが好きな二人の姉と一緒に、三姉妹でお店を切り盛りしている。
思いどおりにいかないのが農業。きれいごとでは語れないことはたくさんあった。それでも、ほかに道はなかったから踏ん張るしかなかった。その結果が、今だ。
就農して12年。畑も少しずつ広げてきたが、毎朝、すべての木を見て回り、オリーブアナアキゾウムシを捕まえられる範囲にとどめている。大人気のオリーブオイル一つをとっても市場のニーズはあるはずだが、法人化し事業を拡大するつもりはない。
「せっかく会社を辞めて個人事業主で好きなように仕事をしているのに、人を雇って会社を作ったら自由がなくなってしまう。事業を大きくするには機械などに投資も必要で、結局、お金の算段ばかりになる。それは仕事として面白くないし、自分が望む働き方ではない」。
昨年はノウハウを一冊にまとめた著書『これならできるオリーブ栽培』(農山漁村文化協会)を出版、Youtubeで動画も積極的に公開するなど外への発信にも努めている。
一方、「これまで一人で好き勝手に農業をやってきたが、このままずっと同じでは考えが凝り固まってしまう」。そう危機感を持ち、仲間と一緒にオリーブ栽培の体験や研修・教育の場をつくれないか、新しい挑戦も始めている。
食べ物を作ることから、サービスへ。東京の教育業界で勤務した経験が、新しい形で生かされようとしている。時代に合わせて変化しながら、身軽に挑戦を続けられる今の働き方が、山田さんはとても気に入っている。