「たかが片頭痛」と軽視する日本人に伝えたい事実

この一連のメカニズムを川に例えると、上流にあたるのがセロトニンの低下で、この部分をターゲットにしているのが、片頭痛に関係するセロトニンをピンポイントで活性化するトリプタン製剤だ。

「片頭痛の原因の主役」が最近になってわかった

そして、下流にあたる血管拡張と周囲の炎症をターゲットにしたのが、今回登場した抗CGRP抗体薬になる。

CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)は、三叉神経など末梢神経に存在するタンパクで、脳の血流の自動調節に関係している。最近になって、“CGRPこそ片頭痛の原因の主役”であり、これをブロックすれば片頭痛が予防できることがわかってきたという。

「CGRPは脳血管にある受容体にくっつくことで作用しますが、新薬はCRPGが受容体にくっつくのを阻止することで血管拡張や炎症を抑え、片頭痛を予防します」

と坂井さん。抗CGRP抗体はいずれも注射薬で、4週間に1回の投与で痛みの発症を抑える(アジョビは12週間に1回のものもある)。

薬代は3割負担で1万2000円~1万3000円台と決して安いとは言えないが、埼玉国際頭痛センターでは、すでに100人以上の片頭痛患者が抗CGRP抗体を使っている。7割ぐらいの患者で痛みの程度が半分ぐらいになったそうだ。

「痛みが半分というと、大したことはないと思うかもしれません。しかし、痛みが半分になれば、寝込むほどの痛みからは解放されます。そうすると頭痛体操やエクササイズなど、動くことによって頭痛を軽くするセルフケアもできるようになります。患者さんにとっては大きな意味があると感じました」(坂井さん)

2019年に開催された日本頭痛学会では、治験に参加した患者の報告として、「頭痛が半減し、人生が戻ってきた」「頭痛のためにこれまで家庭生活や、社会生活をいかに犠牲にしてきたかわかった」といった声が紹介された。

「もう1つ、この予防薬で大きいのは、患者さんの不安を取り除ける可能性があるということです。多くの片頭痛の患者さんが困ってるのは、痛みもさることながら、『いつ痛みが来るかわからない不安』です。抗CGRP抗体で予防が可能になったことで、こうした不安もずいぶん取り去ることができているようです」(坂井さん)

「頭痛ダイアリー」で痛みの傾向をつかむ

新薬の登場で片頭痛を取り巻く環境は大きく変わりそうだが、もちろん、セルフケアによる片頭痛対策も欠かせない。特に坂井さんが勧めているのは、「頭痛ダイアリー」をつけて、どんな状況だと痛みが起こるのか、自身の痛みの傾向をつかむことだ。

「片頭痛は脳が過敏に反応してしまうことで起こりますが、その刺激となる原因は人によってさまざまで、体質なども影響します。一般的に片頭痛や季節の移り変わりや気圧の変化、ストレス、睡眠不足、食事(チョコレート、ワイン、チーズなど)といったリスクファクターがきっかけになるといわれています。頭痛ダイアリーをつけることで、自分にとって問題となる要因を探し出せれば、その要因を避けることができ、片頭痛を起こりにくくすることも可能です。薬とセルフケアはセットで考えていくことが大事です」(坂井さん)

さらに、片頭痛患者に対する家族や社会の理解や支援も必要で、実際、従業員の頭痛対策に取り組み始めた企業も現れている。

「ずっと頭痛で困っていたんですけど、治していくという知識がなかった。今回、会社の『頭痛相談』を受けて、初めて自分の頭痛が片頭痛だってわかりました」

こう話すのは、富士通(東京都港区)に勤める女性。長年の頭痛持ちで、自宅にはもちろん、通勤用のバッグにも必ず2回分の頭痛薬を用意。ひどいときは週に2回は頭痛薬を飲んでいた。今回、会社が頭痛相談を開いていることを知り、申し込んだという。