イノベーション企業が「ゆでガエル」になる理由

ジャーナリストの佐々木氏が「企業はなんのために成長するのか」を、セールスフォースCEOマーク・ベニオフの著作から解き明かします(イラスト:kbeis/iStock)
ニューヨーク・タイムズとウォール・ストリートジャーナルでベストセラー入りしたマーク・ベニオフ著『トレイルブレイザー 企業が本気で社会を変える10の思考』の日本版が7月末発売された。
クラウド・コンピューティングやサブスクビジネスの先駆者であり、1999年にセールスフォース・ドットコムを創設、GAFAと並び称される企業に急成長させた著者の歩みと思いを細密につづった1冊だ。成功と社会貢献を対立軸にしないその企業文化は、世界で賞賛されている。
「プラットフォーム・ビジネスには限界がある。今後は企業体としてのコンセプトが強く効いてくるということになるでしょう」――そう語るジャーナリストの佐々木俊尚氏が、本書にみるベニオフの理念を、前編に続き、解説する。

真のステークホルダーとは誰なのか

ベニオフは、真剣に「会社のステークホルダーとは誰なのか」を考えている経営者ですね。これは日本企業も考えていかなければならないことです。

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グローバリゼーションが叫ばれるようになってから、日本企業は株主に対する責任を果たしていないと非難されてきました。ちゃんと売り上げて、四半期ごとに株を配当せよと。しかし、なぜそれをやってこなかったのかといえば、それまで日本企業は株の持ち合いだったからです。

そもそも「株主に対する責任」という概念はなく、従業員のことだけを考えていればよかった。その結果、売り上げが伸びず、組織も硬直化して、成長曲線に乗れないという問題があり、そこを指摘されるようになったのです。

それは一面としては正論だけれども、やりすぎると、株主のためだけに働く会社になってしまう。実際、最近のスタートアップでも、最初の頃は「社会のために」とか「お客様のため」などと言っていたのに、上場が見えてきたり、売却などのイグジットが見えて、ベンチャーキャピタルが入ってきたりすると、四半期ごとの売り上げを猛烈に求められるようになり、脇目もふらずに金儲けに走るようになってしまいます。

それでは、いったい誰のために働いているのか。ベンチャーキャピタルのために働いているのか、という話にもなる。上場すれば創業メンバーは金持ちになるでしょうが、社員はその人たちのためだけに働かされて、ブラック労働化してしまったりもするわけです。

そう考えると、昭和の高度経済成長時代の日本企業は、硬直化してよくない部分もあったものの、悪い企業だったのかというと、決してそうではなかった。日本は従業員を中心とした民主的社会という形もできていましたから、バランスさえとれていれば悪くはなかったのです。

この本を読むと、ベニオフはセールスフォースという企業を通して、そうした時代のバランスをもう一度取り戻すという感覚があるように思います。株主のための会社ではなく、そこで働く従業員、さらにその周りにいる会社外の人たち、顧客や社会も含めた拡大した企業体。企業という概念に、いったいどこまでを含めるのか、という話も展開されていますね。

会社の定義=膨大な個人事業主の集合体

新型コロナウイルスによる影響でリモートワークが進みましたし、今はフリーランスも増え、非正規雇用も増えています。非正規雇用も、必ずしも下請けだけではありません。