イノベーション企業が「ゆでガエル」になる理由

新自由主義におけるトリクルダウン理論はすでに否定されています。大金持ちが潤えば、貧乏にも自然に富が回ってくるという考え方ですが、今は大金持ちの資産がどんどん増えても、決して貧乏人におカネは回らない。貧乏人におカネを回すには、雇用が十分に維持されていなければなりませんが、そうはなっていないというミスマッチも起きています。

一方で、世界的な人口減も指摘されています。どこの国も都市化が進めば必ず人口が減りますが、一説によれば、2050年には中国で14億人の人口が11億人にまで減るとも言われています。東南アジアやアフリカも、今は増えていますが、2090年頃にはピークアウトするようです。

そして、その先は誰にもよくわからない。その先の経済の世界では、どういう企業体がありうるのか、その企業体は成長するのかしないのか。今は成長し続けているプラットフォーム・ビジネスも、それが全人口に行き渡った後は、いったいどのように儲けるのでしょうか。

フェイスブックは、現在17億人まで普及しているといわれています。いずれ50億人ぐらいに普及すれば、ほぼ世界全体を制してしまうので、限界が来てしまいます。主な収入は広告ですし、1人当たりの売り上げもそんなに伸びないでしょう。そうなったらその先、成長のために、いったい何をするのでしょうか。考えても、答えは見えません。

インフラビジネスとしての社会への責任

そこで、こう考えてみましょう。例えば、東京電力は、東京圏の電力を一手に引き受けるインフラ会社ですよね。東京圏のほとんどの世帯は東京電力と契約しています。ここから東京電力が成長するということはあるでしょうか?

ありませんよね。成長はしませんが、収益は毎年同じようにあがる。毎年、東京圏の全世帯から電力料金が入ってくる。そして、ただ安定しているからみんなが株を買う。そういう企業です。

GAFAも、セールスフォースも、プラットフォームならば本来そういうものなのです。まだ行き渡ってないから成長しているが、制してしまったらもう成長の余地はない。

すると、ますます企業体としてのコンセプトが強く効いてくるということになるでしょう。「インフラビジネス」として、社会に対する責任、バリューというものを、やはりもっと真剣に考えなければならないと思うわけです。

ベニオフは、「イノベーションは重要だが、信頼よりもイノベーションに重きを置き始めると、熱湯に身をさらすことになってしまう。ぬくぬくと湯に浸かっているカエルは、沸騰しても反応することができない」と書いています。

そして、「バリュー、とくに信頼を優先させれば、利益が犠牲になる場合がある。しかし、短期的にはそうだとしても、四半期の収益が時間とともに失ったかもしれない信頼よりも値打ちがあることは絶対にない」と。

誰の信頼かといえば、働く人、取引先、顧客など、セールスフォースを取り巻く社会すべてということです。ベニオフもまだ悩みながら進んでいるという感じが伝わってきますが、その悩むプロセスそのものが会社においても、社会においても重要なことだと考えさせられます。

(後編に続く)
[構成:泉美木蘭]