「細かなルールを足し算して積み上げるだけで、引き算をしなかったんですね。だから、やるべきことが意味もなく増えていった。なぜ、ここまで放置してしまったのか。これでは現場が疲弊するだけです。一度、全部ぶっ壊さないといけない、と感じました」
ファミリーマートは複数の会社が経営統合して成長してきた。だから、マニュアルも足し算を重ねる一方だったのだ。そして澤田は、やみくもに規模を追求するのではなく、逆に店舗数は減らしてもいいから質を高めていこう、と大胆な戦略転換を後に図ることになる。
澤田の現場第一主義は、現場で働いただけではない。時間を見つけては、加盟店を訪問している。多い日には1日40店舗近く回ることもある。澤田の訪問を心待ちにしている加盟店も多い。
加盟店との交流は訪問だけにとどまらない。澤田はメッセージをやりとりできる無料通信アプリのLINEで加盟店と直接つながっているのだ。それに対して、店舗を巡回し、運営の指導を担うスーパーバイザーなどから、当初はこんな声が飛んだという。
「それはよくありません。リスクがあります」
本部の経営トップと加盟店のオーナーやスタッフが直接つながってしまうと、意見や要望、クレームがすべて澤田のもとに行ってしまうことを懸念しての発言だったに違いない。しかし、その声を完全に無視して、澤田はどんどんLINEでつながっていった。
「問題があるんだったら、それ解決しようよ、と。それだけの話です。もちろん、すぐにはできないこともある。でも、ちゃんと認識しておくために、みなさんの意見を聞きたいんです」
気づきながらも改善が先送りされているような問題点はある。澤田はそれを放置しないのだ。率先して改善策を講じるために動き、本部や現場の社員も迅速に対応するのである。
そして社長就任から半年後、LINEで直接つながるどころではない衝撃が社内に走った。澤田が、すべての加盟店を対象に店舗オペレーションに関するアンケートをとることを決めたのだ。
コンビニは本部と加盟店のタッグによって成り立っている。だが、ここ数年、メディアなどでよく聞こえてくるのが、加盟店側の不満の声だ。発注や商品、店づくりやキャンペーンなどをめぐり、本部に対して物申したい、要望を言いたい加盟店もある。
そうした声を吸収してきたのが、各店舗を担当するスーパーバイザーだった。だが、スーパーバイザーが持ってきた声を、すべて経営に反映させていくのは並大抵のことではない。上司や会社への忖度(そんたく)も起こる。そこで、情報は目詰まりを起こす。とくに、人手不足が深刻化して以来、その傾向は顕著だった。
ところが澤田は、これまで個別に聞いていた加盟店の声を、全店のレベルのアンケートで聞く、と言い出したのである。いったいどれほどの声が集まるのか。まさにパンドラの箱を開けるような作業に懸念の声もあがった。だが、澤田は涼しい顔だった。
このアンケートはいまも年に数回、定期的に行われている。毎回4000~5000件程度は回答が集まるという。
「大事なことは、信頼関係なんです。もちろん、なかには厳しい声もある。本部に対して不満の声もある。それこそ、いい報告ばかりが上がってくる組織はおかしいんです」
あらゆる業務で徹底してアンケートをとれ、と澤田は言っている。そして、寄せられた回答はすべてオープンにせよ、と。実際、澤田が行う社内向け講演までアンケートを取っている。しかも、社内で共有するときにも一切精査されず、むしろネガティブなフリーコメント、澤田への辛辣な声からあえて順に並べているのだ。