実はねこねこ食パンは、同社がこれまでに積み上げた経験を投入した渾身の新ブランドである。
その最大のポイントは、これがパンのプロとして、満を持して開発した高級食パンであることだ。高級食パンのブームは、2013年に東京・銀座に開いた食パン専門店の「セントル・ザ・ベーカリー」に連日行列ができ、大阪で「乃が美」が展開し始めてから続いている。
その後、「銀座に志かわ」や「俺のベーカリー」ほか、さまざまなチェーンや個人店が誕生。異業種からの参入も目立つため、パンとしての品質にはばらつきがあった。
ブランドとして認知されたところはともかく、便乗商売が成功する保証はない。そして、ブームはいずれ終息する。新たに参入するなら、定着するのに必要なものは何か見定めること、あるいはブームに陰りが見えたときにすぐ撤退ができるかどうかが重要なポイントだ。
ブームを横目で見ながら、田島社長は本職をパン屋とする自社で何ができるか、ずっと考えていたという。
「いいアイデアが浮かばず数年経つうちに、アンティークで人気の1斤421円のあん食パンが少しずつ売れなくなってきました。今まで、あん食パンを手土産にされていた人が、ライバル店の高級食パンを買っているのではないか。何か対抗策を、と考えているうちに、パンの形を変えることを思いついた。アンティークブランドには猫のキャラクターがあることから、猫の形の食パンを作ろうと考えました」(田島社長)
差別化を図るため、濃厚感のある商品にした。材料に加える水分は牛乳100%にして、はちみつ、バター、そしてマスカルポーネチーズを加えた。小麦粉は国産小麦を使用。型作りから始め、オーブンの焼き方を調整するなど試作には3カ月を要した。
ブームが去ったときの撤退の方策は万全だ。表参道の旗艦店以外は基本的に、アンティーク内など既存店のスペースを利用し、単独で出店していないからだ。
ねこねこ食パンの特別さは、同社と田島社長の来歴をたどると見えてくる。
田島社長は、2002年に20歳でパン屋を始めて、今年で18年経つ。進学校に通った高校時代、勉強では周囲にかなわないが人生の回り道はしたくないと、パン屋開業を目指して専門学校へ進学し、修業期間を経て独立した。そして間もなくマジカルチョコリングが大ヒットする。
しかし2010年、スポンジケーキにムースを載せた「とろなまドーナツ」が空前の大ヒットを飛ばしたことで、危機がやってきた。ドーナツブームと生キャラメルブームから発想した商品は、メディアが注目し、多いときには1時間待ちの行列ができる人気ぶりだった。
「最盛期には年間10億円近くの売り上げがありましたが、2年後には5000万円という急降下で本当に苦しくなりました。もともと僕はクリエーティブな仕事が好きだったのですが、一度クリエーティブを捨てても、ロジカルな思考で利益を意識する経営をやらなければと発想を切り替え、ホームラン狙いではなく着実なヒットを狙うようにしたら数年で業績は戻りました」(田島社長)
続いて行ったのが、M&A。経営を学ぼうと、業績がいいところばかり、しかし後継者不足などの課題を抱えるパン屋や工場などを買った。吸収した会社から、ケーキ屋や工場などの仕組みを学んだのだ。
合併した会社の多くは、以前から付き合いがある地元の企業や店。2019年1月に民事再生法を申請したラスクのシベールの支援にも名乗りを上げて取りざたされた。