「刑事ドラマ」歴代の名作が映し出す社会の変化

連続殺人の謎解きを物語のベースに、バディもの、科学捜査(プロファイリング)など、現在の刑事ドラマにも欠かせない要素が盛り込まれた作品だが、さらに注目したいのは主人公の沙粧妙子の苦悩ぶりである。彼女はプロファイラーとして犯罪者と接するなかで、自らも犯罪者になってしまった元同僚の恋人への思いを断ち切ることができず、精神的に追い詰められていく。「あぶない刑事」で同じ浅野温子が演じた陽性の役柄とはあまりに対照的な役柄が、80年代と90年代の間に起こった刑事ドラマの歴史的な転換を感じさせる。

こうした刑事の人間的苦悩は、やがて組織人としての苦悩という形をとることになる。刑事は「正義のヒーロー」ではなく、警察という組織に所属するいち組織人に過ぎず、一般企業と変わらない上司と部下の関係がある。さらには、警察という公権力を担う特別な組織の一員ならではの悩みや苦しみもある。そこには、既存の刑事ドラマが描いてこなかった新たなドラマの可能性があった。「警察」ドラマの誕生である。

君塚良一脚本によるフジテレビ「踊る大捜査線」(97年放送)は、そんな警察ドラマ時代の幕開けを告げた記念すべき作品である。最も象徴的なのは、警察内におけるキャリアとノンキャリアの対立である。

主演の織田裕二演じる青島俊作は、東京の湾岸警察署に勤務するノンキャリアの刑事。元は企業の営業マンで、刑事ドラマに出てくるかっこいい刑事に憧れ転職した。だが実情はそれには程遠く、しばしば警察組織の論理によって青島の理想は押しつぶされそうな状況に陥る。

一方、キャリア側を代表する登場人物が柳葉敏郎演じる室井慎次である。警視庁の管理官として登場する室井は、当初青島ら現場の刑事と対立するが、次第に現場への理解を深め、警察組織の改革を図ろうとするようになる。そして、警察のなかにも厳然と存在する学閥の壁に苦しみながらも、理想のために奮闘する。

「踊る大捜査線」は、こうした構図を背景にした青島と室井の友情物語でもあった。いかりや長介演じる和久平八郎に「正しいことをしたければ偉くなれ」と諭された青島は、その夢を室井に託すようになる。

警察ドラマは、それまでの刑事ドラマを単に否定したものではない。青島が刑事ドラマのような刑事に憧れて挫折するという点では確かにそうである。しかし、正義がテーマという本質は変わらない。組織の一員であることで、正義と悪は簡単に線引きできず、その間にはグレーゾーンが広がるようになる。だが刑事たちは、そうしたなかにも本当の正義とは何かを模索し続ける。そこにドラマとしての深さが生まれる。その意味で、警察ドラマは刑事ドラマが独自の進化を遂げるなかで誕生したものと言える。

警察ドラマの発展形、「相棒」の功績

2000年にスタートし、今も続く長寿シリーズとなったテレビ朝日「相棒」は、そうした警察ドラマの発展形と言えるだろう。
 「相棒」は、連続ドラマではなく2時間ドラマの枠からスタートした。主演の水谷豊自身が2時間ドラマ枠で数々のシリーズものに主演していたこともあり、その新作として制作されたのである。

水谷演じる杉下右京は、鋭い観察力と博覧強記ぶりで周囲を驚嘆させ、圧倒的な推理力で事件を解決する。その原型がシャーロック・ホームズであることは、いうまでもない。ただ名探偵ものという点では、2時間ドラマの伝統を受け継いだ面もあるだろう。先述したように、2時間ドラマが軌道に乗ったのは、明智小五郎シリーズがきっかけだった。

またタイトル通り、バディものとしての側面もある。例えば、沈着冷静でいつもスーツ姿の右京と猪突猛進型でラフなスタイルの亀山薫(寺脇康文)のコンビは、バディものの伝統に忠実である。ただし、右京は上司で、それに対する代々の相棒役の成長物語という側面もあるのがひとつの特徴だろう。