しかし、こうしたフランチャイズ一辺倒の技術開発や製品サービス開発が幅を利かせている現状は、日本の経営者やビジネスマンが愚かだということを示しているのではない。
給与体系、経営階層の厚さ、そして昇進の仕組みなど、現在の組織構造のもとでは、フランチャイズ(あるいは持続的イノベーション)を選好することに合理性があるから、そうしているのである。したがって、社内政治や自身の昇進よりも、「いかれたアイデア」を選好するような組織構造やインセンティブのあり方を設計し直さなければならない。
その意味で旧来の常識にとらわれないベンチャー企業への期待が日本でも高まっているのである。しかし、本書が示すように、巨大組織であっても「ルーンショット集団」と確実に成果を上げる「フランチャイズ集団」との共存は可能だ。むしろ、ルーンショットの連鎖反応を継続的に引き起こすには、規模の大きさが必要であり、日本の大企業はそこを学ばなければならない。
また、日本のエンジニアをはじめとする企業人の1人ひとりが、世界平均で劣っているかといえば決してそんなことはない。ただし、日本企業の低迷を見ていると、そうした個々人の優れたスキルと与えられる仕事(プロジェクト)の間の適合レベルが低い可能性がある。
その点、バーコールのマッキンゼー時代の経験には学ぶべきものがある。マッキンゼーではコンサルタントのスキルとプロジェクトの適合レベルを向上させるために、長い時間とコストをかけてコンサルタントのスキルレベルを徹底的に調査するという。「評価担当者は最終的に候補者の強みと弱みを本人の母親以上に知っている」という程のレベルだ。
調査を担当するのは他部署の人間(パートナーやコンサルタント)で、調査の間、その人たちの短期的売り上げは落ちる。しかし、スキルと仕事の適合レベルを徹底的に把握することは長期的に組織を強くする投資となるので損失とは考えない。
日本企業は仕事と社員のスキルの適合を図るのに、果たしてどれだけ投資しているだろうか。とくに、終身雇用や年功序列の慣習下にある日本企業にとって、1度採用した人材の特性を的確に把握し、つねにレベルアップさせていくための投資は、最も重要でなければならない。
バーコールは言う。「この組織適合レベルに投資することなく、部下に対してもっと革新的になれと命じるリーダーは、軽いジョギングしかしていない人にいきなりマラソンを走れと命じるのと同じだ」と。日本企業にまかり通っている「精神論的イノベーション奨励」に、猛省を促す記述である。
もう1つ、日本企業が学ぶべき点は、社内の政治利益を求めるよりも、目前のプロジェクトの成功や「ルーンショット」を許容するために、「インセンティブの機微をマネジャーに考えさせるプロセスや人材にお金をかける」という視点だ。現在の企業には最高財務責任者(CFO)や最高技術責任者(CTO)などが存在するが、ルーンショット育成を含め優れた成果を生むインセンティブの設計を専門とする責任者は多くない。
「人材やルーンショットをめぐるライバルとの戦いにおいて、インセンティブは大きな武器」なのである。バーコールは、「ライバルがみんなナイフを使っていたら、こっちは銃を用意したらいい」と言う。
かつて、筆者がシリコンバレーにおけるベンチャーキャピタルやナスダックをはじめとした起業インフラの構造を日本と比較研究したときに、「B29と竹やりの戦い」と感じたことがあったが、今後、アメリカの大規模組織が「銃」に投資し始めたら、呑気にナイフを使っている日本企業はさらなる致命傷を受けるだろう。