――オリックスは初戦に平野佳寿投手が村上宗隆選手に一発を喫しました。第2戦目は阿部翔太選手が内山選手に同点弾を喫してしまった。しかし、第4戦以降はワゲスパック投手をクローザーとして、彼は1勝3セーブを記録しました。今回の日本シリーズは、クローザーの明暗が分かれる結果となりました。
髙津 短期決戦、特に日本シリーズのクローザーは本当に難しいですよ。オリックスの阿部選手や平野選手、スコットもそうですけども、短期決戦の抑えってマウンドに上がった人しかわからない難しさがあります。「難しい」で終わらせちゃダメなのかもしれないですけども、でもその人にしかわからない感情ってあるし、ボールをコントロールする以上に、もしかしたら気持ちの面をコントロールする方が難しいのかもしれないですね。普通の試合とはまったく違います。まったく違う9回だと思いますね。
――現役時代の髙津監督は、日本シリーズでは無敵だったことを思い出しました。シリーズ通算では歴代最多となる8セーブを記録し、さらに4度のシリーズ出場を果たしていずれも日本一となり、連続無失点記録を継続したままでの引退となりました。
髙津 すごいでしょ(笑)。何試合投げたんだったかな? 10何試合(11試合)投げて無失点でしたよね。かなり大ピンチもありながら、よく無失点でいったなと思います。今はあんまり感じないけど、当時のメンタルは強かったと思います。メンタルも強かったし、負けん気も強かった。古田(敦也)さんと一緒に2人が負けず嫌いなので、「絶対やってやる」っていう感じでシリーズを過ごしていたような気はしますね。
――第7戦が終わった後、監督の涙がありました。以前「僕は嬉しいことでは泣かない」と話していましたが、この涙は「悔しいこと」の涙だと思います。この瞬間について、ご自分ではどのように振り返りますか?
髙津 もうその通りですね。悔しくてしょうがなかったです。負けたことはもちろんですけど、「まだ何かできたんじゃないかな」とか、「僕の頭の中の引き出しは、もっと深くて、広かったはずじゃなかったのか」と思ったり、「もっと抵抗できたんじゃないかな、もっとうまく試合を運べたんじゃないかな」と思ったし、最終的には「勝てたんじゃないかな」って思ったので、すごく悔しかったですね。それが1番でした。そして、頑張ってきた選手たちに勝たせてあげたかった。