2021東京ヤクルトスワローズ 高津流 燕マネジメント

悲願のリーグ優勝目前!
強いヤクルトを支える高津マインド「我慢と信頼」

意識したのは「我慢すること、信頼すること」

――シーズン終盤になると、ガッツポーズやマスク越しの雄叫びなど、監督ご自身の喜怒哀楽、もちろん「喜」の部分が強く表現されていました。これは意識的なものですか?

高津 いやいや、そこまで意識はできないです。ただ、ちょっと反省はしています。もう少し抑えめにしなくちゃいけないなとは思っています(笑)。

――10月15日からは、監督がミーティングで口にした「絶対大丈夫」グッズが発売されました。フレーズとしての力と監督自身の達筆な筆遣いもあって、大好評だそうです。

高津 それはあまり意識してないですけどね(笑)。ただ、あのときの自分の気持ち、選手たちに伝えたい思いを素直に口にしただけですから。以前、この連載でも言ったけど、「勝って浮かれることなく、負けてしり込みすることなくあろう」ということ、その上で「常に前向きに予習をして復習をして、明日も頑張ろう」ということを伝えたかったんです。

――改めて、昨年までの2年連続最下位から、ここまで劇的な浮上を遂げた要因を、監督ご自身はどのように分析されますか?

高津 監督なって最初に取り組んだのが「選手の意識を変える」ということでした。一生懸命プレーしていても、結果が伴わないとどうしてもプレーが消極的になるし、「またダメか」と弱気になってしまうこともある。そういう雰囲気が見受けられたので、そこを変えることを意識しました。

――意識を変えるために具体的に取り組んだことはありますか?

高津 選手への声がけやミーティングで話す内容など、いろいろ意識はしました。だけど、こんなことを言うと、質問の答えになっていないけど、やっぱり試合に勝って、結果が伴い始めてきたときに、どんどんどんどん、前向きな考え方になっていくのを感じました。

――監督としてはどのような点を意識していたこと、取り組んだことは何ですか?

高津 僕自身としては「我慢しよう」という思いは意識的に持つようにしていました。結果的に我慢できないことも多かったけど、選手起用についても、結果についても我慢することを意識しました。あとは「信頼すること」ですね。言葉で言うのは簡単だけど、去年まではきちんとできていなかった反省があるので、「我慢と信頼」は意識しました。

――次回は、さらに今シーズンの戦いについて、選手たちについて詳しく伺いたいと思います。引き続き、よろしくお願いいたします。

高津 戦いはまだまだ続きます。引き続き、熱い応燕をお願いします!

 

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プロフィール

髙津臣吾
髙津臣吾

1968年広島県生まれ。東京ヤクルトスワローズ監督。広島工業高校卒業後、亜細亜大学に進学。90年ドラフト3位でスワローズに入団。93年ストッパーに転向し、20セーブを挙げチームの日本一に貢献。その後、4度の最優秀救援投手に輝く。2004年シカゴ・ホワイトソックスへ移籍、クローザーを務める。開幕から24試合連続無失点を続け、「ミスターゼロ」のニックネームでファンを熱狂させた。日本プロ野球、メジャーリーグ、韓国プロ野球、台湾プロ野球を経験した初の日本人選手。14年スワローズ一軍投手コーチに就任。15年セ・リーグ優勝。17年に2軍監督に就任、2020年より現職。

著書

明るく楽しく、強いチームをつくるために僕が考えてきたこと

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髙津臣吾 /
2021年、20年ぶりの日本一へとチームを導いた東京ヤクルトスワローズ髙津臣吾監...
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