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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

104.大祭の準備はたいへんです

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 皇后の室で、その後は一転して和やかだった。先日気になっていた布を出してもらい改めて眺める。皇后が集めたのか、はたまた献上されたのか、目がちかちかするほどある色とりどりの布の山に香子は改めて目を丸くした。先日慈寧宮で採寸された時も、これでもかと布を用意されていたが今回はそれ以上である。ちら、と皇太后を窺えば目を一瞬笑みの形にした。香子の機嫌とりも含めて数を増やしたに違いなかった。

(多ければいいってものでもないけど……)

 かえってどれを選べばいいのかわからない。
 ただ春の大祭は青龍と朱雀がメインなことから香子の衣裳は緑系と赤系にしぼられる。しかし話を聞いているとどうも何回か着替えることになりそうだった。

(結婚式のお色直しじゃあるまいし……)

 まず王城から天壇に移動する衣裳。天壇で祭祀を行う為の衣裳。天壇から王城に戻り、前門の楼台から民に姿を見せる為の衣裳。そしてその後の食事会に参加する為の衣裳と、聞いただけで眩暈がしそうだった。

(もしかして私、はやまったのでは……)

 しかし今更止めるとは口が裂けても言えない。

『あの、無学で申し訳ないのですが青龍さまと朱雀さまの衣裳替えは……』
『せぬぞ』
『えええええ』

 何故自分だけがそんなに着替えをしなければならないのかと香子は抗議の声を上げた。そんな香子の様子に皇后たちは目を丸くする。

『なんで私だけそんなに着替えが必要なんですか!?』
『衣裳替えをしなくてもかまわぬが……そなたにとっておそらく不本意なことにはなると思う』
『え』

 なんだかとても不穏なことを言われ、さしもの香子も嫌な予感がして口をつぐんだ。理由は戻ってから聞いた方がよさそうである。

(天の神々に挨拶するから、とか? でも四神を祀ってるって聞いたような気がするんだけど)

 疑問は尽きなかったが、香子はとりあえず考えるのをやめた。全て似たような色合いというのもおかしいので、移動の際の衣裳(楼台に上がる際も含む)をメインに考え、祭祀を行う際は黒をベースにしたものなど変化を見せることにした。
 布を選ぶだけで香子はうんざりした。着替えを四回もしなければいけないと考えるだけで憂鬱である。
 やっと終ったと思ったが、やはりそれでしまいということはなく。

『ではわらわからも一着贈らせていただきます。陛下にもお声がけいたしましょうぞ』
(えええええ)

 皇太后にまで言われ、ものすごく断わりたかったがそこはNOと言えない日本人。

『ありがとうございます。老佛爷ラオフオイエ、どうぞこれからもご教示ください』
『ほ……ほんに花嫁様は謙虚であらせられる』
『いえ……』

 こういう時どう返したらいいのかわからないのだから経験も知識も足りないのは間違いないと香子は思う。

江緑ジャンリー、あまり香子シャンズをいじめるな』

 それまでただの椅子と化していた朱雀が言う。声の調子はいつもと同じだがきっと少しばかり口角が上がっていそうだと香子は思った。
 大祭前に憂いが一つ晴れたことで香子はほっとした。これで心置きなく大祭に集中できるというものである。

(ああでも衣裳替え~~~~)

 戻った先の朱雀の室で朱雀に抱きしめられながら香子は頭を抱えた。


 香子が唐の皇室問題に首を突っ込んでいる間に紅児と紅夏もいろいろ話をしていたようだった。
 大陸の歴史に詳しい香子でも四神や眷属のことはよくわからない。つまるところ感覚的な話になってしまうので説明ができないのだ。
 紅児はとても真面目で優しい子だと香子は思う。
 紅夏にその存在と己との関係だけを聞いているのではなく、四神と香子のこともそれなりに聞いたらしい。四神と香子の関係というのは客観的に見れば異常だろう。一夫多妻ならぬ一妻多夫である。それが神々の事情だとわかっていても紅児に軽蔑されたら嫌だなと香子は思う。

(でもなんで男はよくて女だといろいろ言われるのかなぁ……)

 それもまた偏見ではないかと思うのだが、一対一、もしくは一夫多妻は聞いていても一妻多夫という関係を現実に聞いていなければ嫌悪されてもしかたがないというのは事実だ。

(現実問題ハーレムなんてそんなにいいもんじゃないけどね)

 気を取り直していろいろ考えているらしい紅児に声をかける。

『エリーザ、紅夏にいろいろ聞いているようね』

 紅児は一瞬びくっとした。

『あ、ハイ……いろいろ教えていただいてマス……』

 返事もまたぎこちない。香子は笑いそうになったがどうにかこらえた。

『知る、ということはいいことだわ。そんなに早く結果は出ないと思うから、のんびりしましょう。気張る必要はないわ』

 香子はにっこりと笑んでそう言い、最後にこう付け足した。

『って私が言うことではないわね』

 紅児がそれにぶんぶんと横に首を振る。なんてかわいい仕草だろうと香子は和んだ。
 紅児の父親の面会記録の調査を頼んでいるがそう簡単には出てこないだろう。まだ調査を命じて十日である。しかしその間に皇室問題はあらかた済んでしまったのだから世の中は不思議だと香子は軽く首を傾げた。

『いえ、お気づかいありがとうございます』

 感動したように答える紅児に香子は少しだけ胸が痛んだ。
 紅児が純粋すぎてつらい。

(この可愛い生き物はナンデスカ)

 内心悶えていたら延夕玲に呆れたような視線を向けられた。解せぬ。



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「貴方色に染まる」23話と連動しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
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