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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
103.どうにか収まったようです
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春の大祭の前に書を習う最後の日、香子は張錦飛に厳しく指導されながらできるだけ丁寧に字を書いていた。書を習っている最中はいつものひらひらした衣裳ではなく、袖が身体に比較的フィットしているものを着ている。漢服の裾の部分も同様だ。張が来ている時だけ字を書いていても上達はしないので、昼間は白虎や青龍と一緒の際練習していたりもする。白虎はどうでもいいようでなんのアドバイスもしてくれないが青龍はけっこう厳しい。そこらへんも性格だなと香子は顔が崩れるのを止められなかった。
『よいことがあったようですな』
張の優しい声にはっとする。まだ習い中だった。
『申し訳ありません、張老師。せっかく貴重な時間をさいて来ていただいているというのに……』
香子が謝ると張は手で制した。
『いやいや、花嫁様にお会いする以上に大事なことなどございません。大祭の準備もおありでしょうし疲れていらっしゃるのでは?』
『ですが……』
『切りのいいところまで練習しましたら今日は終りにしましょう。なぁに、大祭の後に埋め合わせはしていただきますので』
ほっほっほっと笑う張に香子は冷汗をかく。バルタン星人かよと相変わらず心の中でツッコミを入れながら、できるだけ時間を作って字の練習をしなければと思った。
習う時間の後は四神宮の中庭でお茶をする。その日の総括と今後の予定の確認、そしてメインは雑談だ。
『失礼ですが、張老師。皇后について何かご存知ですか?』
曖昧な聞き方だったかなと思いながら尋ねれば、張は思案気にその長い立派な髭を撫でた。
『さて……何をお尋ねになられているのかわかりませぬが、呼ばれたことはございませんな』
つまり交流はないということだろう。
『そうですか。失礼しました』
『……花嫁様は聡明な方ですからそれ故に気苦労も耐えないかと存じます。たまには肩の力を抜いて、他の者たちに任せてしまえばよろしい。その為に仕える者がいるのです』
『はぁ』
答えもまた曖昧であったが、いろいろ気にするなと言われたようだった。皇后に会うことはないが皇太后には呼ばれたりしているのかもしれない。
見送りの際に『大祭を楽しみにしております』と言い置いて張は帰っていった。
香子は眉を寄せて首を傾げる。
『老師……もしかして食事会とかに参加されるのかしら?』
張の言葉の意味が判明するのは大祭当日のことである。
それほど日を空けずに皇后からまた茶会の誘いがあった。
手紙を携えてきた使いを、黒月が射殺さんばかりの眼光で睨みつけるのをなだめ参加すると返事をした。
『何故あのような無礼者のところへ花嫁様が足を運ばれなければならないのですか!? 来させてきちんと謝罪をさせるべきでしょう!』
『……ほら、一応大国の皇后だから……面子ってものもあるし』
『しかし……っっ!!』
『はいっ! もうおしまいおしまーい!!』
正直聞いていたらきりがない。さすがにこれについては延夕玲もわかっているので黒月と共にわあわあ言うことはなかった。ちなみにこのやりとりは紅児が昼食をとりに食堂へ行った後に行われた。お客さんに聞かせていい内容ではないからである。
春の大祭が近いということもあり、翌日香子はまた後宮へ向かった。
今回のお供は朱雀である。大祭の衣裳用の布を見せてもらう、というのが建前なので青龍が朱雀以外の選択肢はなかったが青龍は前回のやりとりがよほど腹に据えかねたらしく、
『万瑛の顔は見とうない』
と同行を拒否された。顔を見たら殺してしまいそうだからというのが理由である。とても連れてはいけない。そんなわけで朱雀に頼んだのだが、
『……我は青龍ほど優しくはないぞ』
と脅すようなことを言われた。さすがにもう暴言を吐かれることはないでしょうとなだめて再び後宮へ向かった。後宮の皇后の室では皇太后がにこやかな表情で待っていた。
朱雀に抱かれたままではあったがそれはもう仕方ないことなので、とりあえず挨拶をしようとしたら、青ざめた顔の皇后が飛び出してきて叩頭した。香子は驚いて振り返る。扉はいつのまにかきっちり閉められていたらしい。香子はほっとした。
『花嫁様! これまでの数々の非礼、誠に申し訳ありませんでした!』
『……よい。立ちなさい。ただし』
ちらと皇太后を見やる。
『次はないと心得よ』
『はい……!』
さすがに皇帝に頭を下げさせるわけにはいかないので皇后の謝罪を受けた。
『皇后、皇帝は無体をせぬだろうか。貴女がつらくては私がここにきた意味はないのです』
実のところ香子が一番心配していたのはそこである。皇太后に皇帝と共に諭されれば皇后も反省するだろうということはわかっていた。問題は皇帝と夫婦として暮らしていけるのかということだ。極端な話、皇帝夫妻に男女の関係がなくてもかまわない。大切なのはお互いの信頼関係である。皇帝がただ皇后を責めるだけではまた同じことが起こるだろう。そうなった時もちろん容赦するつもりはないが、少しでも皇帝と仲良く暮らしてほしかった。
(皇后にとって皇帝は唯一の男性なんだから大事にしてほしいなぁ……)
じっと皇后を見つめると、皇后は何故か香子の顔を見ながらみるみるうちに赤くなった。
『?』
『は、はい! 花嫁様にはご心配をおかけして……』
『それならよいのですが。皇后よ、皇帝に不当な扱いを受けるようでしたら忌憚なく言うのですよ』
『……はい』
この時香子は全く気づいていなかったが、周りの者たちはみな頬を染めていた。
『……ふむ、やはり早急に人間から離さねばならぬか』
『朱雀様?』
朱雀の呟きに黒月がうんうんと頷いていたのは余談である。
ーー
登場人物一覧についてはプチプリの「異世界で暮らしてます[四神番外]」ご確認ください。
https://puchi-puri.jp/books/113
『よいことがあったようですな』
張の優しい声にはっとする。まだ習い中だった。
『申し訳ありません、張老師。せっかく貴重な時間をさいて来ていただいているというのに……』
香子が謝ると張は手で制した。
『いやいや、花嫁様にお会いする以上に大事なことなどございません。大祭の準備もおありでしょうし疲れていらっしゃるのでは?』
『ですが……』
『切りのいいところまで練習しましたら今日は終りにしましょう。なぁに、大祭の後に埋め合わせはしていただきますので』
ほっほっほっと笑う張に香子は冷汗をかく。バルタン星人かよと相変わらず心の中でツッコミを入れながら、できるだけ時間を作って字の練習をしなければと思った。
習う時間の後は四神宮の中庭でお茶をする。その日の総括と今後の予定の確認、そしてメインは雑談だ。
『失礼ですが、張老師。皇后について何かご存知ですか?』
曖昧な聞き方だったかなと思いながら尋ねれば、張は思案気にその長い立派な髭を撫でた。
『さて……何をお尋ねになられているのかわかりませぬが、呼ばれたことはございませんな』
つまり交流はないということだろう。
『そうですか。失礼しました』
『……花嫁様は聡明な方ですからそれ故に気苦労も耐えないかと存じます。たまには肩の力を抜いて、他の者たちに任せてしまえばよろしい。その為に仕える者がいるのです』
『はぁ』
答えもまた曖昧であったが、いろいろ気にするなと言われたようだった。皇后に会うことはないが皇太后には呼ばれたりしているのかもしれない。
見送りの際に『大祭を楽しみにしております』と言い置いて張は帰っていった。
香子は眉を寄せて首を傾げる。
『老師……もしかして食事会とかに参加されるのかしら?』
張の言葉の意味が判明するのは大祭当日のことである。
それほど日を空けずに皇后からまた茶会の誘いがあった。
手紙を携えてきた使いを、黒月が射殺さんばかりの眼光で睨みつけるのをなだめ参加すると返事をした。
『何故あのような無礼者のところへ花嫁様が足を運ばれなければならないのですか!? 来させてきちんと謝罪をさせるべきでしょう!』
『……ほら、一応大国の皇后だから……面子ってものもあるし』
『しかし……っっ!!』
『はいっ! もうおしまいおしまーい!!』
正直聞いていたらきりがない。さすがにこれについては延夕玲もわかっているので黒月と共にわあわあ言うことはなかった。ちなみにこのやりとりは紅児が昼食をとりに食堂へ行った後に行われた。お客さんに聞かせていい内容ではないからである。
春の大祭が近いということもあり、翌日香子はまた後宮へ向かった。
今回のお供は朱雀である。大祭の衣裳用の布を見せてもらう、というのが建前なので青龍が朱雀以外の選択肢はなかったが青龍は前回のやりとりがよほど腹に据えかねたらしく、
『万瑛の顔は見とうない』
と同行を拒否された。顔を見たら殺してしまいそうだからというのが理由である。とても連れてはいけない。そんなわけで朱雀に頼んだのだが、
『……我は青龍ほど優しくはないぞ』
と脅すようなことを言われた。さすがにもう暴言を吐かれることはないでしょうとなだめて再び後宮へ向かった。後宮の皇后の室では皇太后がにこやかな表情で待っていた。
朱雀に抱かれたままではあったがそれはもう仕方ないことなので、とりあえず挨拶をしようとしたら、青ざめた顔の皇后が飛び出してきて叩頭した。香子は驚いて振り返る。扉はいつのまにかきっちり閉められていたらしい。香子はほっとした。
『花嫁様! これまでの数々の非礼、誠に申し訳ありませんでした!』
『……よい。立ちなさい。ただし』
ちらと皇太后を見やる。
『次はないと心得よ』
『はい……!』
さすがに皇帝に頭を下げさせるわけにはいかないので皇后の謝罪を受けた。
『皇后、皇帝は無体をせぬだろうか。貴女がつらくては私がここにきた意味はないのです』
実のところ香子が一番心配していたのはそこである。皇太后に皇帝と共に諭されれば皇后も反省するだろうということはわかっていた。問題は皇帝と夫婦として暮らしていけるのかということだ。極端な話、皇帝夫妻に男女の関係がなくてもかまわない。大切なのはお互いの信頼関係である。皇帝がただ皇后を責めるだけではまた同じことが起こるだろう。そうなった時もちろん容赦するつもりはないが、少しでも皇帝と仲良く暮らしてほしかった。
(皇后にとって皇帝は唯一の男性なんだから大事にしてほしいなぁ……)
じっと皇后を見つめると、皇后は何故か香子の顔を見ながらみるみるうちに赤くなった。
『?』
『は、はい! 花嫁様にはご心配をおかけして……』
『それならよいのですが。皇后よ、皇帝に不当な扱いを受けるようでしたら忌憚なく言うのですよ』
『……はい』
この時香子は全く気づいていなかったが、周りの者たちはみな頬を染めていた。
『……ふむ、やはり早急に人間から離さねばならぬか』
『朱雀様?』
朱雀の呟きに黒月がうんうんと頷いていたのは余談である。
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