天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第17章 変化の時

11.妄執の歴史

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扉を閉めると、部屋の奥にある大きな丸い机の上に山積みにされた本を確認してみた。薄い本が数冊あるけど、ほとんどが伝承の分厚い本だから結構な読み応えがありそうだ。
伝承の本を数冊開いて目次だけを見てみれば、重複する話がいくつかあるけど、どの本にも必ずアスカードル島の話がある。偶然って感じがしないから、バルジアラ将軍らはこの島の話が怪しいと踏んで選んだのだろう。手帳の中身が読めない中で、この島のことに着目したのは凄いと思う。
やっぱり将軍となると、観察力や推察力が鋭いのだろう。いつも穏やかに微笑んでいるディズもきっとそうなんだろうなぁと感心しながら、部屋の隅にある鏡台の椅子を持ってきて、読み終わった本を置けるように椅子の隣に寄せておいた。


「アスカードル島の伝承って、ドナの木の話以外にもあるのかな?」

アスカードル島の話を読んでみると、島の周辺海域に大きな船を沈めるほどの巨大な海洋生物が棲んでいる話や、大きな鳥が襲ってくる話が書いてあった。
巨大なのはイカやタコ、サメで、これらは海に出た船を襲って乗組員や積み込んだ食料を丸呑みにしてしまうらしい。大きな鳥はメロディちゃんと同じスザクワシで、仔牛や仔羊、犬といった動物や、幼い子どもを襲っていたらしい。海洋生物やスザクワシによる被害が甚大だったこと、彼らが今まで見たことがない大きさや動物だったことで、アスカードル島では災厄をもたらす生き物として伝承になったようだった。
他の伝承の本を読んでみたけど、アスカードル島に伝わる伝承は巨大海洋生物、スザクワシ、ドナの木の話のどれかが書いてあるだけだった。アスカードル島以外の場所の伝承にも目を通してみると、現在のどの国の話なのか分からないけど、死者を蘇らせる魔法や心を身体から取り出す魔法、姿形を目の前の人そっくりに変える魔法、大人を子供に、子供を大人に変化させる魔法などが書いてあった。


「アスカードル島の話は書き写して、あとは目次だけメモしておこう。流石に全部翻訳するのは時間がかかるから、気になった話を言ってもらおう」

鞄から取り出した紙に書き記すと、私は椅子からずり落ちそうなくらい大きな背伸びをした。本を読むのは苦じゃないけど、書く作業を伴うと身体が強張ってしまった。ディズやバルジアラ将軍達は早くこの本の中身が知りたいだろうし、残りはあと少しだから早く終わらせてしまおう。


「次は……。トラントの歴史についての本か」

一番上の本を手にとって見ると、表紙には擦り切れた旧字で「御伽噺『女神の祝福』について」と書いてあった。


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ガーファエル王の王妃ユリエナは、孤児院や貧民街の慰問だけでなく、不作に見舞われた地へ激励の手紙を送る、民衆と共に植樹や畑を耕すといった活動を行なっていた。そのため、ユリエナは国王陛下と並ぶ程の知名度と人気があった。
だが、アルナ妃への嫉妬に狂ったユリエナは、アルナ妃及びサファル王太子殿下を鍾乳洞の奥深くに閉じ込めるという大罪を犯したため、拷問の上で斬首刑となった。王妃が突然姿を現さなくなった理由を正直に発表してしまえば、外聞が悪い上に国王陛下への求心力にも影響を与えるため、不幸な事故により急死したと伝えられた。これからは大罪人ユリエナの存在を民衆の記憶から消し、アルナ妃という素晴らしい血筋を得たのだと知らしめる必要がある。
そこで、まず王妃の子であるアレニス・トラスベ公爵の出自やユリエナについての話をすることは、いかなる場面でも固く禁止。ユリエナが今まで行っていた学校や孤児院の整備といった功績を讃えた石碑は、倒壊の危険があるとして撤去。訪問地で植樹した木は燃やし、王妃が送った手紙は盗んで焼却処分にした。
次に、アルナ妃という素晴らしい血筋を得たことを知らしめるには、ガーファエル王とアルナ妃を神格化する御伽噺を作り、民衆に広めることが良いと決まった。そこで文学や歴史の学者を招いて世界中の伝承を調べさせると、幸運なことにアスカードル島の伝承に興味深い物があった。文学に造詣の深い者達を国内外から集め、その伝承を元に御伽噺『女神の祝福』を創作し、民衆に広く発表した。

ガーファエル王がアルナ妃と出会ってから神速の勢いで領土を拡大することに成功したこと、アルナ妃が表に出てくることはないが、平民出身の娘が賢王の寵愛を受けたという事実は民衆の好感を得る材料となり、ユリエナの記憶はすぐに忘れ去られた。
そして、アルナ妃に好意的である民衆は、子らに積極的に御伽噺を読み聞かせた。その御伽噺により、神に選ばれた王が治める国に住んでいる、という誇りも生まれた国民は、王族への求心力を高めていった。


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「御伽噺がまだあるのか分からないけど、ドナの木の話と繋がるから、この報告書の内容はメモしてあげた方がいいかな」

報告書を書き写して机の上を見ると、残りは古いトラント国史が書かれた数冊だけだ。国史には内政や外交、慶事や訃報といった色んなことが書いてあるけど、ガーファエルや、アルナ、地震の魔法といった今回の戦争に関係ありそうなことに注目して読んでみた。


ーーガーファエル国王陛下は、ラントニバ諸島をまとめた国出身の者が国内に住んでいないかを探すように神官長にご命令になった。老若男女問わないが、もしいた場合、隣国ファシエナの主要都市に観光と称して連れ出し、呪文を組み込んだ詩を読ませよとご命令になった。

ーー国内の神殿が戸籍を調べたが、残念ながら該当する者は1人もいなかった。その報告を受けたガーファエル国王陛下は、結婚や死亡による戸籍の整理で国内外を行き来する神殿に、今後、整理する戸籍の対象者にその出身の者がいればすぐに報告するようにとご命令になった。

ーーガーファエル国王陛下は、ロディアムとの関係を深めるために我が国が有する国宝の一部を贈った。すると、ロディアム国王から友好の証として縁談が持ち込まれ、国王陛下とアルナ妃の子であるサファル王太子殿下と、ロディアム王の子イディアナ王女との縁談がまとまった。
これ以降、我が国の王位を継ぐ王族は、ラントニバ諸島を治める国の王族と婚姻関係を結び、結婚後は他国に外遊して呪文を組み込んだ詩を読ませるように決められた。

ーーアドニスベルサ国王陛下が、先王サファル陛下の遺志を継いで隣国ドレナに侵略戦争を仕掛けたが失敗に終わった。この結果を受け、国王陛下は侵攻についての情報を知り得た者が隣国と内通しているのではないかと秘密裏に調査を始めた。すると、レイナード・トラスベ公爵が隣国の将軍と内通していることが判明した。

レイナード公に厳しい手段を用いた尋問を行ったところ、トラスベ公爵の祖であるアレニスから継承されてきた王族への不満の結果、敵国と内通したと答えた。
ガーファエル王がアルナ妃を迎えたために、アレニスの母である王妃ユリエナは王の寵愛をアルナ妃に奪われたこと。サファル王太子殿下が誕生したために、アレニスが王位継承権と王族の身分を剥奪されて公爵となったと、ユリエナとアレニスは不満を募らせて逆恨みした。その結果、ユリエナはアルナ妃とサファル王太子殿下への殺人未遂を行うという大罪を犯したため、拷問の上、斬首刑となった。
王妃が大罪を犯したと国民に知られると王族の権威に傷をつけるため、王妃の死は不幸な事故と発表され、王族に汚点をつけた王妃の存在は国史といった記録や民衆の記憶から消された。それは当然の処置であるにも関わらず、アレニスは母である王妃の存在と功績を抹殺され、公爵の爵位を与えられながらも輝かしい王族から締め出されたと感じ、自身の子に『アレニスの血筋の者が王に返り咲くクーデターを計画するように』と遺言を残した。
その機会はアレニスの子であるレバルド公の時には訪れなかったが、次のレイナード公はクーデターを諦め、ドレナの将軍や王族と通じてトラントを滅ぼすことを計画した。しかし、ドレナが侵略準備を整える前に我が国が侵攻したため、ドレナへの忠誠を見せるために情報を流すに至った。他国によって攻め滅ぼされれば国王になることは出来ないが、憎い血筋の王を玉座から引きずり下ろすことが出来るのならば、この地の領主になることで甘んじると述べた。

この自白により、アドニスベルサ国王陛下は、アレニスの血を引く者、血縁関係にある者はすべて絶えさせよとご命令になった。
レイナード公及びその妻、子、レイナード公の妹及びその夫、子らは王族、将軍ら、国中の貴族らの目の前で謀反のため斬首刑となったが、アレニスの血を継いでいないレイナード公の義弟(レバルド公の妻の不貞の子)であるファシニバ・トラスベの命掛けの懇願により、王族への絶対的な服従を誓う見返りとしてトラスべ公爵家は取り潰しを免れた。
これ以降、トラスベ公爵家は王族の手足として、影として、身代わりとして数多の役目を果たすことになった。

ーーグスタードから招いた地質学者によると、現在首都に起こっている落盤や地盤沈下は、首都の地下に広がる鍾乳洞が崩れ落ちることによるものだと判明した。
賢王ガーファエル様の土地改良によって、砂地であった首都は緑の生える地となった、と国史を発表しているが、首都で起こる危険な落盤事故が土地改良によるものであると知られると、民衆が抱く王族への畏怖と敬愛、求心力に影響を及ぼしかねないため、アルディナ女王陛下は以下のことを国民に向けて発表すると決められた。

『近年首都に起こっている落盤事故や地盤沈下について、地質学者による調査を行ったところ、以下の事実が判明した。

首都の地下には近隣の川から流れ込む地底湖が広がっており、今まで長年に渡って井戸からその水を汲み上げているが、近年の人口増加によって水は大量に消費されている。その汲み上げる水量が流れ込む量をこえているため、湖の水嵩は少しずつ減少しているのだが、嵩が下がった部分は土が含んでいる水分が流出してしまうため干上がって脆くなる。脆くなった土に地表の僅かな衝撃が伝わり続けると、ゆっくりとわずかなズレや亀裂が生じ、やがて衝撃に耐えきれなくなって崩れ落ちる。その状態が広範囲に、そして長く続いているために地盤沈下と落盤が起きていた。
対策として、湖に流れ込む水量を増やすか、汲み上げる量を減らすかの2つが考えられるが、水量を増やすにはさらなる地質調査などが必要になるため時間がかかり、汲み上げる水の量を減らすと国民の生活に影響を及ぼす。
水を制約することは国民生活に影響を与えてしまうと憂いたアルディナ女王陛下は、国民の使用する水量には制限をかけないかわりに、王宮や軍の施設では井戸を使わず、すべて魔法による確保で行う。それと平行して時間をかけて地質調査を進め、湖の水量を増やす手立てを探すことを決断された』


この発表をした後、国民はアルディナ女王陛下に感謝の意思を示し、王族への求心力を増すことが出来た。しかし、鍾乳洞の崩壊という原因は解消されていないため、早急に対策を取る必要がある。そこで、地質学者だけでなく、伝承に残る魔法を研究する学者を招くことを決定した。
バーランドにあるミンディ氷窟ひょうくつや、シラカルト砂漠にあるダチニア氷窟は、詳細は分からないが魔法によって作られた物と伝えられている。その魔法を使えば我が国の遺産である鍾乳洞の保存は可能であるため、その呪文を書いた魔導書や呪文を知る人物を早急に探し出さなければならない。



「ふぅ。国史の方はこんなもんかなぁ。こんなに根を詰めて本を読むのって、神殿で勉強してた時以来だなぁ。何だか懐かしいや」

ガーファエルって、奥さんの王妃に拷問を与えて処刑したり、地震の魔法を乱用しようとしたり、やったことは最低なことばかりなのに、賢王として讃えられているのがすごく嫌な感じがする。その血を引いた今のトラント国王も、世界中が遵守しているルールを破って『白い渡り鳥』を戦場介入させたり、私を使って『聖なる一滴』を作らせようとしたりしていたから、最低な国王だと思う。こんなことを考える国王が今後出てこないように、しっかり処断されてほしい。


窓を見てみれば、辺りはすっかり暗闇に包まれている。耳を澄ませても雨の音は聞こえないから、小ぶりになったか止んだようだ。休憩しようと思ってベッドに大の字になって身体を伸ばしていると、コンコンコンとノックする音が聞こえた。


「シェニカ、夕食を持ってきました」

「ありがとう」

扉を開けると、廊下には2人分の食事が載ったトレイを持つディズと、1人分のトレイを持つファズ様、一番後ろには壁に凭れて腕を組むルクトがいた。


「一緒に夕食を食べませんか?」

ディズがそう言った時、上着のボタンが開いたところからユーリくんがひょっこりと顔を出した。私を見て小首をかしげるユーリくん。きゃぁぁぁ!可愛いっ!!また私の服の中に入ってリスボタンになって欲しい!


「ルクト、あの……。今日の夕食はディズと食べたいんだ。ごめんね」

「分かった」

ルクトは無表情でそう答えたけど、その目にはやっぱり寂しそうな感情が見えて、罪悪感が湧き上がってくる。彼には悪いけど、ユーリくんとイチャイチャしたり、ディズと普通に会話したい。ルクトが一緒にいると彼に気が引けてやりたいことが出来ないし、気を遣って疲れちゃうから今回は遠慮してもらおう。


「ディズ、お部屋にどうぞ」

「お邪魔します」

ディズを部屋の中に入れて扉を閉めると、私はテーブルと椅子に載せていた本を急いで床に移動させた。テーブルにトレイを置いたディズがユーリくんの顔の前に手を出すと、ユーリくんはスルリと軍服から手に移った。


「ユーリくん、クルミあるから一緒に食べよっか」

「チチッ!」

やぁぁん!元気なお返事を返した後に、おねだりポーズするユーリくんって、本当に可愛くてたまらないっ!もう私はユーリくんの居ない生活なんて考えられない。ユーリくんと離れ離れの生活になったら、私の心は病んでしまうかもしれない。でも、ユーリくんはディズと一緒にいるし、ウィニストラから離れられないし…。
あぁ、私にも可愛くて癒してくれる相棒が出来ないだろうか。オオカミリスの生息地に行ったら、気合を入れて頑張らないと!


「では、私達もいただきましょう」

「うん、いただきまーす!」

ユーリくんが机の上でクルミを美味しそうに食べている姿を見ながら、私達も食事に手を伸ばした。
白いツヤツヤしたご飯、トマトソースにとろ~りチーズがかかった肉団子、枝豆やコーンが入ったポテトサラダ、白身魚の南蛮漬け、魚のアラ汁。たくさんの具材が使われた食事は、とても美味しそうだ。


「ルクトさんは良かったのですか?」

「あ、うん。ディズと話したいなって思って」

「そう言ってもらえるなんて、嬉しいです」

「ユーリくん、クルミのおかわりあげるね~♪」

「チチチッ!」

ユーリくんはお腹が空いていたのか、あっという間にクルミを食べ終えて、また可愛いおねだりポーズをした。
2人でユーリくんを見ながら、今までの旅で何が美味しかったか、好きな故郷の家庭料理のこと、ウィニストラに行ったらどんな食べ物を食べに行こうか、どんなお酒やジュースが好きとか、何が楽しかったかなど、他愛のない話をしている内に食器は空になった。


「食後のお茶は何にしますか?」

「じゃあ、ディズが飲んでる緑茶でお願いします」

「分かりました」

ディズがトレイを持って扉を開けると、すぐ側に居たアクエル様から2人分の茶器や注ぎ口から白い湯気がのぼるポットが載ったトレイを受け取った。ディズは「そろそろ食後のお茶です」と伝えてないのに、沸かしたお湯が準備されているということは、部屋の中の様子が分かっているということだろうか。気配を読むのが上手になれば、こういうことも分かるようになるのだろうか。


「ディズが淹れてくれるの?」

「ええ。シェニカのために心を込めて淹れますね」

嬉しそうに微笑んだディズが目の前で手際よく淹れてくれた緑茶は、白い湯呑の底に描かれた緑の葉の絵を綺麗に映す透き通った黄緑色だった。
湯気は上がっているけど湯呑はさほど熱くないし、無駄のない所作から淹れ慣れているなぁ~なんて思いながら一口飲んでみた。


「すごく美味しい。ディズってお茶の淹れ方が上手だね」

「ありがとうございます。シェニカが喜んでくれるのなら、バルジアラ様からアレコレ注文をつけられながら、頑張って淹れてきた甲斐もあります」

舌であっさりとした緑茶の味を感じると、吹き抜ける風のような瑞々しい緑の香りが鼻を通り、後味に自然な甘さが一瞬残る。食堂での食後に緑茶を飲むことが多いけど、そのお茶はいわゆる大衆茶だから美味しいけど特に印象に残らない。
このお茶は鼻と舌に残る余韻まで楽しめるから、少しずつ飲むのが良い気がする。こういうお茶が世の中にはあるんだなぁ。ディズはこういうお茶が好きなんだなぁと美味しい印象が残った。

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