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第九章 陰謀うずまき、かめ走る
ハンカチ落とし
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鷹狩大会を週末に控えた、雨が三日続いた夜のこと。
あたしは大会が無事に開催されるように、てるてる坊主をこしらえて長廊下の軒下に吊るしたの。
菫に「童のようですよ」と笑われたけど、フン、構うものですか。
あたしはどうしても新一に会わなきゃならないのよ。
晴れ女の底力、見せてあげるわ!
そのせいか当日は、見事に澄んだ秋晴れになったわ。
外を見たみんなが口々に「天皇日和ですね」と言い合っていた。
ちぇッ。
天候までもお上のおかげということね。
あたしが不貞腐れながらてるてる坊主を下ろしていると、大蒼がわざわざ足を止めて「かめのおまじないのおかげで晴れたね。ありがとう。」と言ってくれたの。
些細な努力でも、見ている人はいるのよ♪
あたしは少し鼻を高くして廊下を歩いた。
※
離宮庭園の鴨場は、賑やかな声とたくさんの人々で活気に満ちていた。
時折、赤子が泣くような声が続けざまに聞こえて驚いたのだけど、そばに居た侍従長の話だと、あれが鷹の鳴き声なのだという。
へえ。意外!
思ったより面白い声で鳴くのね。
意外といえば、鷹匠が手に据えている鷹は、カラスよりも大きいけれど野生の恐ろしさは微塵も感じなかったわ。
まん丸のガラス玉のような目、大きな薄黄色の鼻に黒い嘴、長い尾羽が美しく艶光りしていて、黙っていれば置物かと思うくらいにおとなしい。
時折、首をカクカクと傾げる仕草が愛嬌があるし、鷹匠にエサをねだってピョンピョコ跳ねまわる様子さえ、なんとも愛らしく思えた。
興味深々に鷹を見ていると、大蒼に誘われてあたしも餌付けをさせてもらえることになったの。
おそるおそるお肉の切れ端を木の棒に刺してあげたら、羽をバタバタさせながら喜んで啄んでくれて、にわかにあたしは鷹の虜になってしまったわ。
調子に乗って鷹を手に据えるという体験もさせてもらったけど、居心地が悪いのかすぐに大蒼の元へ飛んでいってしまい、取り残されたあたしはなんともバツが悪かった。
クソッ。鳥も色男の方がいいってことなのね!
※
「おな~り~。」
侍従長の声とともに両陛下が揃ってお出ましになった。
こんなに間近で御二方を拝顔するのは初めて!
ずっと雲の上の方だと思っていたから、実在して地に足をつけて立っていらっしゃることが、夢のような光景よ!
お上は装飾品の無い黒のモーニングコートにシルクハット、ストライプのコールパンツにブーツを合わせている。皇后さまは高い立襟の萌黄色のドレスに同色のキャペリンハットというエレガントな出で立ちだった。
ピンと背筋を伸ばして颯爽と群衆の前を歩かれるさまは、遠目に見ても気品に満ちあふれている。
あたしは慌てて大蒼から離れてお辞儀をした。
大蒼が両陛下に歩み寄り、にこやかな笑顔で会話をしている様子を見ると、大蒼をとても遠い存在に感じてしまう。
でも、これが現実よね・・・。
あたしは皇后さまの引き連れてきた女官たちを目にしたので、新一を探すことにかこつけて、そそくさとその場を離れた。
※
うーん、いくら探しても新一は居ないわ。
残念。
今日はもう諦めるしかないわね・・・。
そう思って引きあげかけた時、同じ狩り装束に身を包んだ侍従官の一団とすれ違ったのよ。
あれ、今の・・・新一じゃない?
あたしは後ろを二度見した。
頭ひとつ分、他の人より抜けている背の高い男が、多分新一だわ。
あたしはそうっと一団の後をつけると、溜まり池の周りで仲間と雑談をしながら狩りの用意をしている新一を発見したの。
他の方たちと同じ狩り装束を着ているのに、何がこんなに違うのかしら。
久しぶりに見る新一は、相変わらずため息の漏れる美しさだった。
いつもと違うといえば、髪を一束に結んでエガケを手に装着しているだけなのにッ!
涎を拭いて、標的捕捉完了!
さあ、作戦決行よ!
あたしは、新一の目に留まるようにわざと前を横切ると、すぐ目の前で白いハンカチーフを落とした。
このハンカチーフには、前に新一から習った『隠し言葉』の暗号が書いてあるの。
もし他の人が拾っても、意味は分からないし宛名も差出人も書いていないから、万が一、関係のない人が拾っても安全というわけ。
オホホ。
あたし、天才ね‼
新一がこの網にかかるのを今か今かと木陰から覗いて見ていたのだけど・・・。
アイツったらぜんっぜん拾わないのよ‼
目の前に淑女が落としたハンカチがあるのに、拾わないなんて選択肢があります~?
腹を立てたあたしはズンズンと自分でハンカチを拾いにいくと、わざわざ新一の前に回りこんで目の前に落としてやったの。
ハァハァ・・・こ、今度こそ拾うわよね?
「おい。」
うっ、しまった。
呼び止められてしまったわ。
ちょっと暗号が高尚すぎたかしら。
振り返ると、新一が美しい眉間を曇らせてハンカチを指さした。
「ハンカチを落としたぞ。
拾え。」
キィーッ!
アンタが拾うのよッ‼
あたしは猛然とハンカチを手に取ると、グルグルに丸めて新一目がけて投げつけた。
「あとで開いて読みなさい!」
逃げるように走って木陰に隠れたあたしは激しく後悔した。
わーん、こんなつもりじゃなかったのに・・・。
何で新一が相手だと、いつもこうなっちゃうの⁉
※
鴨を刺激しないためなのか大会開始の花火は上がらずに、厳かにお上のひと言で鷹狩の大会は幕を開けた。
溜まり池から家鴨に誘われた野生の鴨が、次々と引堀に入ってくる。
すでに大蒼と皇族の面々、それから侍従官の一団に加わった新一たちが引堀に沿って並び、鷹を手に据えてその時を待っていたわ。
鷹匠の合図で引堀の入り口にパッと人影が現れて、それに驚いた鴨たちが一斉に羽ばたいた。
鷹を据えた左の拳を大きく振りかぶると、鷹が一直線に獲物へと急降下して大きなカギ爪が空中に何度も閃く。
羽が舞い落ち、鷹と鴨がもみ合った末に絡み合って落下する瞬間、鷹匠が駆け寄って鷹から鴨を奪い、鷹は褒美のお肉を与えられる。
鷹を羽合せるタイミングを間違うと鴨はスルリと逃げてしまうし、鷹に括り付けている長紐のさばき方が良くないと、鷹が上手く狩りができない。
大蒼と新一は参加している中でも抜群に鷹の扱いが巧くて、次々と鴨を捕えていく。
観客から歓声が巻き起こり、次第に2人だけの一騎打ちの様相になっていった。
「どちらかが勝ったほうには、好きなだけ褒美を取らせる。」
お上が上機嫌で興奮ぎみに煽るものだから、戦いは白熱した。
男って好きよね、こういうの。
でも、2人の事情を知っているあたしに、この構図はツライのよ。
やっぱりお互いに父親に認めてほしくて頑張るわよね。
どちらが勝っても泥仕合。トラウマが癒えることはなさそう。
あたしは両手で顔を覆った指の隙間から、白熱する試合を見守った。
え?
結局見てるじゃないか、ですって?
見たくないとは、ひと言も言っていないんだからね!
最後の一羽が飛び立った瞬間、鷹を羽合せたのは新一だった。
鳴りやまない拍手と歓声が庭園を揺るがす。
目を赤くしてあからさまに悔しがる大蒼と対照的に、新一は静かに手に据えた鷹の頭を撫でてねぎらったの。
普通なら大蒼に花を持たせるのが家臣の務めだとは思うのだけど、今回ばかりはあたしも新一に熱い拍手を送った。
良かったね。
少しでもお上の視線を独占できたのだから。
お上は新一を側にお召になると、機嫌良く仰った。
「大変見ごたえのある、良い試合であった。特にしんよ、見事な縄捌きであったな。
東宮はもう少し『羽合せ』を勉強するように。
では褒美を与えよう。なんなりと申してみよ。」
「私は。」
新一はひと息つくと、あたしを指さしてこう言った。
「東宮御所の典侍・かめのすけさまを今宵お借りしたいと存じます。」
ハアアッ?
あ・あ・あ、あたしぃッ⁉
あたしは大会が無事に開催されるように、てるてる坊主をこしらえて長廊下の軒下に吊るしたの。
菫に「童のようですよ」と笑われたけど、フン、構うものですか。
あたしはどうしても新一に会わなきゃならないのよ。
晴れ女の底力、見せてあげるわ!
そのせいか当日は、見事に澄んだ秋晴れになったわ。
外を見たみんなが口々に「天皇日和ですね」と言い合っていた。
ちぇッ。
天候までもお上のおかげということね。
あたしが不貞腐れながらてるてる坊主を下ろしていると、大蒼がわざわざ足を止めて「かめのおまじないのおかげで晴れたね。ありがとう。」と言ってくれたの。
些細な努力でも、見ている人はいるのよ♪
あたしは少し鼻を高くして廊下を歩いた。
※
離宮庭園の鴨場は、賑やかな声とたくさんの人々で活気に満ちていた。
時折、赤子が泣くような声が続けざまに聞こえて驚いたのだけど、そばに居た侍従長の話だと、あれが鷹の鳴き声なのだという。
へえ。意外!
思ったより面白い声で鳴くのね。
意外といえば、鷹匠が手に据えている鷹は、カラスよりも大きいけれど野生の恐ろしさは微塵も感じなかったわ。
まん丸のガラス玉のような目、大きな薄黄色の鼻に黒い嘴、長い尾羽が美しく艶光りしていて、黙っていれば置物かと思うくらいにおとなしい。
時折、首をカクカクと傾げる仕草が愛嬌があるし、鷹匠にエサをねだってピョンピョコ跳ねまわる様子さえ、なんとも愛らしく思えた。
興味深々に鷹を見ていると、大蒼に誘われてあたしも餌付けをさせてもらえることになったの。
おそるおそるお肉の切れ端を木の棒に刺してあげたら、羽をバタバタさせながら喜んで啄んでくれて、にわかにあたしは鷹の虜になってしまったわ。
調子に乗って鷹を手に据えるという体験もさせてもらったけど、居心地が悪いのかすぐに大蒼の元へ飛んでいってしまい、取り残されたあたしはなんともバツが悪かった。
クソッ。鳥も色男の方がいいってことなのね!
※
「おな~り~。」
侍従長の声とともに両陛下が揃ってお出ましになった。
こんなに間近で御二方を拝顔するのは初めて!
ずっと雲の上の方だと思っていたから、実在して地に足をつけて立っていらっしゃることが、夢のような光景よ!
お上は装飾品の無い黒のモーニングコートにシルクハット、ストライプのコールパンツにブーツを合わせている。皇后さまは高い立襟の萌黄色のドレスに同色のキャペリンハットというエレガントな出で立ちだった。
ピンと背筋を伸ばして颯爽と群衆の前を歩かれるさまは、遠目に見ても気品に満ちあふれている。
あたしは慌てて大蒼から離れてお辞儀をした。
大蒼が両陛下に歩み寄り、にこやかな笑顔で会話をしている様子を見ると、大蒼をとても遠い存在に感じてしまう。
でも、これが現実よね・・・。
あたしは皇后さまの引き連れてきた女官たちを目にしたので、新一を探すことにかこつけて、そそくさとその場を離れた。
※
うーん、いくら探しても新一は居ないわ。
残念。
今日はもう諦めるしかないわね・・・。
そう思って引きあげかけた時、同じ狩り装束に身を包んだ侍従官の一団とすれ違ったのよ。
あれ、今の・・・新一じゃない?
あたしは後ろを二度見した。
頭ひとつ分、他の人より抜けている背の高い男が、多分新一だわ。
あたしはそうっと一団の後をつけると、溜まり池の周りで仲間と雑談をしながら狩りの用意をしている新一を発見したの。
他の方たちと同じ狩り装束を着ているのに、何がこんなに違うのかしら。
久しぶりに見る新一は、相変わらずため息の漏れる美しさだった。
いつもと違うといえば、髪を一束に結んでエガケを手に装着しているだけなのにッ!
涎を拭いて、標的捕捉完了!
さあ、作戦決行よ!
あたしは、新一の目に留まるようにわざと前を横切ると、すぐ目の前で白いハンカチーフを落とした。
このハンカチーフには、前に新一から習った『隠し言葉』の暗号が書いてあるの。
もし他の人が拾っても、意味は分からないし宛名も差出人も書いていないから、万が一、関係のない人が拾っても安全というわけ。
オホホ。
あたし、天才ね‼
新一がこの網にかかるのを今か今かと木陰から覗いて見ていたのだけど・・・。
アイツったらぜんっぜん拾わないのよ‼
目の前に淑女が落としたハンカチがあるのに、拾わないなんて選択肢があります~?
腹を立てたあたしはズンズンと自分でハンカチを拾いにいくと、わざわざ新一の前に回りこんで目の前に落としてやったの。
ハァハァ・・・こ、今度こそ拾うわよね?
「おい。」
うっ、しまった。
呼び止められてしまったわ。
ちょっと暗号が高尚すぎたかしら。
振り返ると、新一が美しい眉間を曇らせてハンカチを指さした。
「ハンカチを落としたぞ。
拾え。」
キィーッ!
アンタが拾うのよッ‼
あたしは猛然とハンカチを手に取ると、グルグルに丸めて新一目がけて投げつけた。
「あとで開いて読みなさい!」
逃げるように走って木陰に隠れたあたしは激しく後悔した。
わーん、こんなつもりじゃなかったのに・・・。
何で新一が相手だと、いつもこうなっちゃうの⁉
※
鴨を刺激しないためなのか大会開始の花火は上がらずに、厳かにお上のひと言で鷹狩の大会は幕を開けた。
溜まり池から家鴨に誘われた野生の鴨が、次々と引堀に入ってくる。
すでに大蒼と皇族の面々、それから侍従官の一団に加わった新一たちが引堀に沿って並び、鷹を手に据えてその時を待っていたわ。
鷹匠の合図で引堀の入り口にパッと人影が現れて、それに驚いた鴨たちが一斉に羽ばたいた。
鷹を据えた左の拳を大きく振りかぶると、鷹が一直線に獲物へと急降下して大きなカギ爪が空中に何度も閃く。
羽が舞い落ち、鷹と鴨がもみ合った末に絡み合って落下する瞬間、鷹匠が駆け寄って鷹から鴨を奪い、鷹は褒美のお肉を与えられる。
鷹を羽合せるタイミングを間違うと鴨はスルリと逃げてしまうし、鷹に括り付けている長紐のさばき方が良くないと、鷹が上手く狩りができない。
大蒼と新一は参加している中でも抜群に鷹の扱いが巧くて、次々と鴨を捕えていく。
観客から歓声が巻き起こり、次第に2人だけの一騎打ちの様相になっていった。
「どちらかが勝ったほうには、好きなだけ褒美を取らせる。」
お上が上機嫌で興奮ぎみに煽るものだから、戦いは白熱した。
男って好きよね、こういうの。
でも、2人の事情を知っているあたしに、この構図はツライのよ。
やっぱりお互いに父親に認めてほしくて頑張るわよね。
どちらが勝っても泥仕合。トラウマが癒えることはなさそう。
あたしは両手で顔を覆った指の隙間から、白熱する試合を見守った。
え?
結局見てるじゃないか、ですって?
見たくないとは、ひと言も言っていないんだからね!
最後の一羽が飛び立った瞬間、鷹を羽合せたのは新一だった。
鳴りやまない拍手と歓声が庭園を揺るがす。
目を赤くしてあからさまに悔しがる大蒼と対照的に、新一は静かに手に据えた鷹の頭を撫でてねぎらったの。
普通なら大蒼に花を持たせるのが家臣の務めだとは思うのだけど、今回ばかりはあたしも新一に熱い拍手を送った。
良かったね。
少しでもお上の視線を独占できたのだから。
お上は新一を側にお召になると、機嫌良く仰った。
「大変見ごたえのある、良い試合であった。特にしんよ、見事な縄捌きであったな。
東宮はもう少し『羽合せ』を勉強するように。
では褒美を与えよう。なんなりと申してみよ。」
「私は。」
新一はひと息つくと、あたしを指さしてこう言った。
「東宮御所の典侍・かめのすけさまを今宵お借りしたいと存じます。」
ハアアッ?
あ・あ・あ、あたしぃッ⁉
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