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第八章 かめ、ついに出仕する

新一の秘密

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 新一しんいち大蒼たいせいが兄弟?
 衝撃が強すぎて、心に暴風雨ハリケーンが吹き荒れるようだった。

 あたしを運んだ寝台ベッドはしに腰掛けて、大蒼たいせいが話を続けた。

「おかみが昔、髪結いの女性にお手付きをしたことがある。
 そして生まれたのが新一しんいちだ。
 ちょうど、わたくしが生まれたのと同じ月にね。」

 ヒェッ。
 小説のような話って、本当にあるのね。

 おかみには皇后おくさんさまがいて、お世継よつぎを産むための側室あいじんもたくさん居たのに、家来にまで触手を伸ばしていたということ?

 それとも、身分違いの身を焦がすような寵愛ちょうあいの果ての形だったのかしら。
 
 どちらにしても、盲目もうもくな恋愛は悲劇よね。
  
わたくしも、学習院を卒業するまで、そのことは知らされていなかったんだ。
 新一しんいちとは、学校で初めて会った時から気が合って、わたくしを特別扱いしない親友だと思っていた。
 知ったのは、新一しんいちと仲良くなったことを危惧きぐした側近の千石せんごくが、勇気を持っておかみの秘密を進言しんげんしてくれたからだよ。」

新一しんいちは、このことを知ってるの?」

  大蒼たいせいは軽くこめかみを押すと、記憶を探るように天井を見上げた。

千石せんごくから話を聞いた後、すぐにわたくしから打ち明けたよ。
 彼は落ち着いて話を聞いてくれたし、取り乱したりはしなかったけど、内心は複雑だったと思う。
 もともと養子として髪結いの叔父おじの家に引き取られていたから、自分の父親が誰なのかは知りたかったみたいだけどね。」

 ということは、新二しんじ新三郎しんさぶろうにとって、新一しんいち従兄いとこにあたるわけね。

 今、目の前で過去の話を苦しげにつむ大蒼たいせいを見ていると、あたしも胸がギュッと苦しくなった。

新一しんいちのことは嫌いじゃないよ。
 わたくしより頭が切れるし、背格好せかっこうひいでているし、スポーツも万能で勝負事しょうぶごとでヤツに勝てたことはない。
 ひがむよりも先に、私はいつもあきらめていたんだ。
 神に愛されるのはこういうヤツなんだ。私は所詮しょせん、この程度の人間だとね。」

 そういう気持ち、あたしにもすごくよく分かるわ。
 菊子様には常に、敬愛と同じくらいの劣等感れっとうかんいだいていたから・・・。

新一しんいちに負かされるたびに、同じ悪夢を見るんだ。
 新一しんいちが私より優れているとお上が知って、立場を入れ替えられてしまう夢。
 そして目覚めるたびに、悩む。
 本当の皇太子に相応ふさわしいのは、新一しんいちかもしれないと。」

 大蒼たいせいのハスキーな声が、余計にかすれて聞こえた。

 皇太子として、何不自由なく恵まれているように見えた大蒼たいせい
 それはあたしの勝手な思い込みだった。

 何が幸せなんて、外見では分からないものね。

「でも、君に出会って世界が変わったんだ。」
 大蒼たいせいは、あたしの目をジッと見つめると、はにかみながら微笑ほほえんだ。

「君が言う通りだと思った。
 固いものと固いものはぶつかったら壊れるけど、自分が柔らかくなれば、壊れない。
 君が側に居るだけで、私はいくらでも柔らかくなれると思う。
 水が喉に染み込むように、君の言葉は一瞬で、私の長年のかわきをうるおしてくれた。
 かめはね、私にとって生命いのちの水なんだよ。」

 生命いのちの水・・・!

 なんという素敵な台詞フレーズでしょう!
 あたしは恥ずかしさでいっぱいになった。

 けど、大蒼たいせいの熱い気持ちが直球で伝わってきたわ。
 あたしは家族以外に自分が『愛されている』ということを意識せずにはいられなかったの。

 この先、この人を悲しませたくない。
 そう、強く思った。

 大蒼たいせいは白絹の寝間着ねまきを羽織ると、電燈でんとうあかりを消した。

 わッ。
 暗いわ!怖いわ!

 大蒼たいせいはあたしの腰帯こしおびほどくと、あたしをぎゅっと腕に抱いた。

「今夜は離さないから。」

 気品のある白檀びゃくだんの香りに包まれて、あたしは冷凍されたみかんのようにカッチカチに固まった。

 ううッ。
 こういう時は、どうすれば正解⁉

 大蒼たいせいが暗闇の中であたしの髪に鼻先を埋めた。
「許しておくれ。
 先に謝るけど、寝ぼけている時は私でも理性を保てないかもしれない・・・。」

 わーん、あざといわ!
 うっかりオオカミ宣言は、ずるいじゃないのッ‼
 おかげであたしのお花畑の脳内に、はしたない妄想がよーいドン!

 えー、改めてみなさまにご報告します。
 かめの花が今宵こよい、ひとひら散るかもしれません・・・。


 ・・・。

 ・・・。


 ん?
 寝息がスヤスヤ・・・。

 かくして何も起こらずに夜が明けた。
 天使のようにあどけなく眠る大蒼たいせいを起こさないように寝所しんじょを後にし、目の下に真っ黒なクマをこしらえたあたしはつぼねに戻った。

 クソッ・・・!
 今まで生きてきた中で、いちばん恐ろしくて強烈なばつだったわ。

 宿直しゅくちょくの日は危険だって、日記に書いておこうっと‼

 ※

 おかみ鷹狩たかがりが好きで、ふた月に一度は離宮りきゅう庭園内ていえんない鴨場かもばで鷹狩大会がもよおされた。

 息子の名前にも『鷹仁たかひと』と付けるくらいだから、若かりし頃はよほどの愛好者だったのね。
 最近では御自分の身体の調子が良くないので、もっぱら観覧が主流メインなのだけど。

 鴨場かもばは『まり』という池に飼いならされた鴨やアヒルを放しておとりにし、野生の鴨を引き入れた後に物音で鴨が飛び立つ瞬間を狙って、時速200キロで飛ぶ鷹を解き放って鴨を捕獲するという昔ながらの狩りなのよ。

 大蒼たいせい殺生せっしょうを好まないので、この大会にはあまり気が乗らないみたいだけど、狩り装束しょうぞくがよく似合うの。

 練習の時に着替えの手伝いをさせてもらったのだけど、作務衣さむえに羽織を引っかけてハンチング帽を被り、エガケという鹿の皮製の手袋と腰にくくり付ける餌畚えふごを身に着けると、本物の鷹匠たかじょうのように凛々りりしくていさぎよかった。

 そして着せたり脱がせるたびに、彫刻のような厚い胸や割れた腹筋を間近に見るので、心臓がいくつあっても足りないほど、ときめくのよ。

 だって、このたくましい胸に何度抱きしめられたことか・・・ああッ、よだれがぁ!

 ※

 あたしは大蒼たいせいとは違い、鷹狩たかがりを楽しみにしていた。
 
 当日はおかみ皇后こうごうさまもお出ましになるから、もしかしたら皇后こうごう付きの新一しんいちをチラリと見かける好機チャンスがあるかもしれない。

 大蒼たいせいに激しく嫉妬しっとされて以来、こちらから文通をプツリと止めてしまったので、後ろ髪を引かれていたのよ。
 あたしからお願いして文通をしていたのに、理由も言わずに音信不通おんしんふつうというのは、人としてどうかと思うわよね。

 でも問題なのは『どうやって話がしたいということを新一しんいちに伝えるか』だった。
 おおっぴらに話しかけたら、また大蒼たいせいに失望させてしまう。

 どうにか公衆の面前めんぜんで、誰にも疑われず、ごく自然に新一しんいちに謝る機会を作れないかしら。
 あたしは珍しく机に向かい帳面ノートを開いた。

 うーん。

 無理ね。

 すぐに考えあぐねてふでを鼻の上に乗せて遊んでいると、部屋のすみで家来たちがハンカチーフを落としながら、きゃあきゃあ盛り上がって騒いでいるのが目のはしに映ったの。

「何をしているの?」
「輪になった人の背後で、鬼がひそかにハンカチーフを落とし、それを察して鬼を追いかけてとらえた人の勝ちという遊戯ゲームでございます。
 かめのすけさんもご一緒にいかがですか?」

 それを見て、パチンとひらめいたのよ。

 そうだ。鷹狩たかがり当日は、この【ハンカチ落とし作戦】で行こう! 

 
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