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再会
しおりを挟む今私達は国境沿いの石垣を積んでいる作業を見ている。
「ここも完成間近だな」
「はい」
リーストファー様はじっと見つめている。
石垣を見つめているのか、隣国のバーチェル国を見つめているのか、それは私には分からない。
『シャルクの兄ちゃん』と労働者の一人がシャルクを呼び、シャルクは労働者の方へ向かった。シャルクと労働者の関係性も良好のようでなにより。
他の労働者も顔は疲れてはいるものの時折笑顔も見える。
作業の様子を見ているとシャルクと労働者の一人がこちらへ歩いてきた。
「旦那様、少々よろしいでしょうか」
「ああ」
シャルクは石垣を見つめていたリーストファー様に声をかけた。
「旦那様にご紹介したい者をお連れしました。労働者達を纏めて頂いている者です。よろしいでしょうか」
「頼む」
シャルクは少し離れた所に立っている者を呼んだ。
「ご紹介致します。こちら責任者と言う訳ではありませんが、こちらを任せているジョイスです。
ジョイス、こちらはホーゲル伯爵ご当主だ」
リーストファー様は労働者を見つめた。
「ジョイスと言ったか、皆を纏めるのは大変だと思うがこれからも頼む。
あの石垣がこの国を守りここに住む者達を護る。この地はバーチェル国の地ではなく、今はエーネ国の地、その事を示す国境の塀だ。簡単に崩れても崩されてもいけない」
ジョイスさんもリーストファー様を見つめた。
「勿論です。
あの、一平民がご当主様にお名前を伺っていいのか分かりませんが、お名前をお聞きしてもいいですか?」
「それは構わない。俺の名はリーストファーだ」
「リーストファー?やっぱりリーストファーか。俺だ、ジョイスだ、覚えているか?」
「ジョイス…、ジョイスなのか?」
「ああ、お互い年をとったな」
「そうだな、あれから13年もたてばお互いな」
お互いを懐かしそうに見つめる二人。
ジョイスさんと目が合い軽く会釈する。
「お前の奥さんか?」
「ああ、妻のミシェルだ」
「そうか、お前結婚したのか。あのお前がな…。おめでとうリーストファー」
「ああ、お前は?」
「俺はなかなかな。弱腰ジョイスは健在だ」
「お前は弱腰じゃない慎重なだけだ」
「だけど俺は逃げ出した」
「逃げたんじゃない、お前は新たな道へ進んだだけだ」
「そう思ってくれているのはお前達だけだ。俺は怖くて逃げた。騎士になりたいと辺境へ来たのに、稽古とは違う争いが、本気で向かってくる剣が恐ろしくて俺は逃げた。
あいつ等の事は風の便りで聞いた。逃げた俺が今更あいつ等に合わせる顔はない。それでも居ても立っても居られなかった。ここで労働者を集めているのを聞いて迷わずここに来た。
あいつ等が最期を迎えた場所…。この場所を守るのがお前で良かった…」
ジョイスさんは顔を俯けた。
悔しい、その思いは皆同じ。固く握るその拳を見れば分かる。
争いには必ず死はつきまとう。死者を一人も出さず終わる争いなどない。争いの恐ろしさを知っているからこそ、彼等の死を受け止められたのではないだろうか。
それでも友人の死を悼む気持ちや悔しさがなくなる訳ではない。
私も陛下も願った。
この領地を守れるのはリーストファー様しかいないと。
彼等だけではなくここは大勢の血が命が奪われた場所。あの壮絶な争いを誰よりも知り、死を誰よりも悼む人。そして二度と争いを起こさせないように抑制できる人。
辺境伯がこの領地を治めても良かった。それでも陛下はリーストファー様に託した。
彼等をはじめ皆の魂が眠る場所を弔いの場所を荒らさない為にも。あの惨劇を二度と繰り返さない為にも。
辺境伯ではなくリーストファー様に託した思い。
「それとなリーストファー、俺が皆の思いを代弁する。
奥さんを前にして言う事じゃないのかもしれない。それでも言わせてもらう。さっき俺がお前の奥さんかと聞いた時、お前は申し訳なさそうに『ああ』と言った。
お前は阿呆か。
あいつ等がお前の幸せを祝わないと思うか?自分だけ生き延びて自分だけ幸せになって、お前が申し訳なく思う気持ちも分かる。それでもな、誰が何を言おうと、あいつ等は、あいつ等だけはお前の幸せを喜ぶ、そういう奴等だったろ。忘れたのか?」
ジョイスさんは真っ直ぐリーストファー様を見ている。その瞳から怒り、怒りの中の慈しみが見えた。
さっきリーストファー様が『ああ、妻のミシェルだ』そう言った時、『ああ』には私も心苦しさを感じた。
「ここにアースが居たらお前一発殴られるぞ。『お前はいつまでそんな事を悩んでいる。今のお前は奥さんを大切にして幸せにする事じゃないのか』ってな。
俺が弱虫だの腰抜だの言われて辺境を去る時他の騎士達に『尻尾を巻いて逃げるのか』そう言われた。『こいつは逃げるんじゃない、弱虫でも腰抜でもない。ジョイスは自分の進むべき道を見つけただけだ。こいつを貶す奴は俺達が許さない』そう言って先輩騎士なのにアースは殴りかかって、アースに続けと言わんばかりに皆が殴りかかった」
「あの頃は俺達も血の気が多かったからな。それに友を貶されて黙っている奴は誰もいない」
「ああ、遊びも稽古も、どんな時も全力で、それが俺達だった。俺が辺境を去る時『頑張れよ、お前ならできる』って俺が見えなくなるまでずっと手を振ってくれただろ?俺は皆が居たから新たな場所でも頑張れた。
なあ、あいつ等は幸せだって全力で祝っていただろ?誰かに好きな子が出来たと言えばお節介なくらいああしろこうしろって。両思いだと知れば『おめでとう、良かったな』って自分の事のように喜んだ。違うか?
あいつ等はお前の不幸なんて望まない。いつまでもお前の幸せを願い喜んでくれる。あいつ等はそういう奴等だ」
「ああ、そうだったな」
リーストファー様は空を見上げた。
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