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真剣勝負

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「ああ、くそ!負けだ負けだ!」


またまた大の字で寝転がっている少年。


「負けを認めるのか?」


少年は『今日はな…』とぼそっと呟き、プイッと顔を背けた。


「おいおっさん」

「おっ、まあお前からしたらおっさんか。なんだ?」


上半身を起き上がらせた少年はリーストファー様を見上げている。


「また勝負しろ」

「お前の気が済むまで何度でも相手してやる」


『ああ疲れた』とまた寝転がった少年。

私は二人のやり取りを微笑ましく見ていた。


「貴方も一度手合わせしてほしいとリーストファー様に頼んでみたら?」

「俺なんか下っ端の下っ端ですから」

「彼は身分を気にする人ではないわ。そうね、彼の秘密を聞きたくない?」

「聞きたいです」

「彼は熱意に弱いの。ほら貴方も熱意を見せなさい」


隣に立っていた騎士はリーストファー様の前に立った。


「副隊長、俺と手合わせをお願いします」


勢いよく頭を下げた。


「はあぁ」


溜息を吐いたリーストファー様は『けしかけたな』と私を見た。私はリーストファー様に微笑んだ。


「分かった、こい」

「お願いします」


剣を構えた二人を横目に私は少年へ近づいた。


「ねぇ坊や」


勢いよく立ち上がった少年は私の目の前に立ち、今にも胸ぐらを掴みかかろうとした。


「姫さんあんた何やってんですか」


少年の腕を掴み羽交い締めしているリック。


「貴方がのんびり歩いていたからよ」


シャルクとのんびり歩いていたリックの姿が視線に入っていた。だからリーストファー様も騎士も近くにいなくても、縄で縛られず地面で寝転がっている少年に近づけた。

リックなら必ず私を護ってくれるという信頼があるから。


「俺は坊やじゃない」


リックに羽交い締めされて暴れている少年。


「そう?ならリーストファー様もおっさんじゃないわ」

「姫さんもしかして、それを言う為だけにこの餓鬼に近づいたのか?」


リックの呆れた顔は見て見ぬ振りをした。


「そこが一番重要でしょう。リーストファー様のどこがおっさんなの?どこからどう見てもお兄さんだわ。目を開けて良く見てよ、あんなに若々しくて体も逞しくて、それに格好良い人がおっさんな訳ないじゃない」

「はあぁぁぁ」


リックは大きな溜息を吐いた。


「なによ」

「別に」


呆れた顔で私を見つめるリック。


「なによ、本当の事でしょう?」

「いや、やっぱり馬鹿だな…と思っただけだ」

「それは私に対して失礼よ」

「で?この餓鬼縄で縛るのか?」


今サラッと無視したわね?

私はリックを睨んだ。


「どうすんだ」


私の睨みなんて気にもしないリックは『どうすんだ』と聞きながら既に少年を縄で縛っていた。そしてその縄をシャルクに渡した。


「俺も伯爵様に手合わせをお願いしてこようかな」


リックはリーストファー様に近づいて行った。

騎士と手合わせが終わるまで待っていたリックはリーストファー様の前に立った。


「伯爵様、俺と本気の手合わせをして頂けませんか?」

「リック相手では俺も本気を出さないといけないな」

「本気でお願いします。俺も本気であんたを殺すつもりでやる」


二人は剣を構えた。お互いが放つ殺気が辺りを包んだ。誰も動く事が出来ないほどの、指一本すら動かす事も出来ないほどの殺気がまとわりつく。

立っている事さえやっと。

片方が足を動かせばもう片方も足を動かせ、互いの視線は互いから外すことはない。

ただ剣を構えているだけ。まだ剣を交えていない。それでもお互いの頭の中では何手先まで読んで、何手先の戦いが繰り広げられているのだろう。


「ふうぅ、色々考えても埒が明かない」


リーストファー様は少し剣を下げた。


「そうっすね、俺も同感です。俺はあんたと殺し合いをしたい訳じゃない」

「同感だ」


リーストファー様が剣を構えた。

互いの剣がぶつかり繰り広げられる手合わせに、誰もが固唾を呑んで見守った。

リーストファー様の本気の剣、リックの本気の剣、私は両者の本気の剣を初めてこの目で見た。

稽古ではない実践に近い本気の剣。

それはまるで見る者を魅了するような戦い。目を背けたくない、終わらないでほしい、そう思うほど。

ああ、だから狡いのよ。

なんで二人共楽しそうなの?

まるで二人で息のあったダンスをしているよう。

私も殿下とダンスの練習をしていた時に経験した事がある。息のあったダンスを踊り終わった時、どれだけ体は疲れていても後に残る爽快感。その爽快感を得たくて何度も練習した。どれだけ息のあったダンスは踊れても、爽快感を得たダンスは一回だけだった。

それはきっと私がまたあの爽快感を得たいと理想を追い求めたから。

どんな事でもまずは『楽しむ』事が重要。

今の二人のように…。


「すげぇ…」


口をポカンと開けて少年は二人の戦いを見ていた。両膝を地面につけて前屈みに身を乗り出して見つめている。両腕を後ろで縛られて今にも倒れそう。それでも両手はギュッと握り拳になっている。

凄いと思っていても悔しい。自分には最後まで見せなかったリーストファー様の本気の力。彼に向けた殺気もリックに向けた殺気には遠く及ばない。

手加減はしないと言いながら手加減されていたという事実。

はたしてこれは吉と出るか凶と出るか…


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