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「お水を注ぎましょうか?」

「ああ頼む」


私はコップに水を注いだ。


「お、おい、お前ここで何をしているんだ」


驚いた顔をして声を荒げたルイス様と目が合った。


「お手伝いです」

「こんな男ばかりの所で何をしてる。リーストファーは?リーストファーは知っているのか」

「リーストファー様も勿論知っていますよ?それに小隊長があちらに居るので大丈夫です」


私が小隊長を見ればルイス様も私の視線を追った。


「小隊長がいるからって」

「前にも言いましたが、これは元婚約者としての償いの気持ちです。少しでも皆様のお役に立てるのならと。それに、これはリーストファー様とは関係のない事なので」

「だとしても、こんな男ばかりの所なんだぞ」

「騎士は男性が憧れ目指す職ですから男ばかりなのは仕方がないのでは?それに小隊長があちらに居て下さるお陰で、誰も私に邪な気持ちにはなりませんよ?それに、辺境の騎士の方々は小隊長があちらに居ても居なくてもそのような気持ちは持ち合わせていません。毎日こちらでお手伝いをしていますが、声をかけられた事も何かされた事もありませんもの。きっと皆様紳士なのですね」


私はにっこり笑った。

私は辺境隊の食堂でお手伝いをしている。

初めは裏方のお手伝いをしていたんだけど…、どうやら戦力外のようで…。仕方なく?私でも出来る事をしている。

ルイス様は処罰を受けた翌日から稽古に参加している。

今は夕食の時間。


「ルイス様聞いて下さいます?料理長ですが失礼なんですよ?私も最初は野菜の皮を剥いていたんです。そしたら野菜が勿体ないからナイフは持つなって怒られてしまいました」

「何をしたら怒られるんだよ」


呆れた顔をしたルイス様。


「ちょっと野菜が小さくなっただけです。それでですね、ナイフは駄目だと言われたので今度はお皿を洗ったんです。そしたら、そんな一枚一枚丁寧に洗っていたら夜が明けるって言われました。しまいには代われと料理長がお皿を洗いだして、あっという間に終わってしまいました」

「貴族のお嬢さんがナイフや皿洗いなんてやらないわな」

「だから私でも出来る事をと、空いたコップにお水を注いだり、後片付けをしています」

「別にそこまでしてまでやらなくても良いだろ」

「訓練中の皆様のお邪魔は出来せんし、書類処理も辺境の者でない私が目を通すのも…。それに医療棟や療養棟は殿下がお一人で頑張っているので邪魔は出来ません。

それに、食堂でお手伝いをしていると皆様こちらでのリーストファー様の様子を教えて下さるんです。リーストファー様には内緒ですよ?」


私は唇に人差し指を当てた。


「ルイス」


突然ルイス様は肩を組まれた。


「レンドさん?」

「ルイス、なぁにミシェルちゃんと仲良くお喋りしてんだ?ミシェルちゃんは皆のものだぞ?」

「あらレンドさん、私はリーストファー様のものですよ?」


レンドさんは気さくなおじさまって雰囲気の人。食堂でお手伝いするようになって、初めに声をかけてくれたのがレンドさんだった。


「ハハッ、確かにそうだ。

なあルイス、ここに居る奴は誰もお前を責める奴はいない。お前は今も昔も俺達の仲間だ、だろ?それなのにお前は変な壁を作っちまってよ、一人で生きようとするな、な?

リーストファーは王宮軍だし、お前の同期達は戦場で死んだ。お前は孤独になりたいのかもしれないが、そんなの格好悪いだけだ。俺達はお前を見捨てたりしない。だからお前も壁を作るな」


レンドさんはルイス様の頭をガシガシと撫でた。

稽古に参加し始めたルイス様は騎士の方々に壁を作っているような、よそよそしく見えた。

食堂へ来るのは決まって人が少くなってから。離れた所に一人ポツンと座り、あっという間に食べ終わり食堂を出ていく。夕食時は食べ終わってもわいわい話をしている騎士達が目立つ。

私と小隊長も食堂が落ち着けば裏で食堂の人達と一緒に夕食を食べる。私はいつも裏からルイス様の様子を伺っていた。

いつも一人なのも、誰かと交流する様子がない事も、ずっと気になっていた。

『誰かと話したりしないんですか?』『もっと皆様と交流しては?』そんなのは余計なお世話。

だからずっと機会を伺っていた。まだ食堂に大勢残っている今日、たまたまルイス様は食堂に来た。いつものように一人ポツンと座り黙々と食べているルイス様に私は声をかけた。

レンドさんがルイス様に声をかけたのは驚いたけど、レンドさんも気になっていたのだろう。

レンドさんとルイス様、二人を見ていたら『ミシェルさんお水』と声がかかった。


「では失礼しますね。あ、それと後で天幕まで送って頂けますか?」

「どうして俺が」

「あら、ルイス様はこんな男ばかりの地を、か弱い女性一人で夜道を帰れと言うのですか?」

「そうだぞルイス、女性を送るのは昔から男の役目だ」

「あぁもう、分かった分かった」

「ふふっ、では後ほど」


私はその後も呼ばれればお水を注ぎ、誰かが席を立てば机を拭き、誰も居なくなった食堂の床を掃いた。


「お待たせしました」


食堂の外で待っていたルイス様に声をかけ、天幕へ戻る。

天幕の外にはリーストファー様が待っていた。


「ルイス」


ルイス様の姿にリーストファー様は少し驚いた顔をした。


「送って頂きました」

「そうか、悪かったな」


この二人もまだわだかまりがあるのか、壁があるのか、お互いよそよそしい。


「あ、そうだ」


私はパンと手を叩いた。


「ルイス様、辺境で暮らしていた頃のリーストファー様の様子を聞かせてくれませんか?リーストファー様に聞いても剣を振っていただけだって言うんですよ?」

「確かにリーストファーは剣を振っていたな」

「それでも四六時中剣を振っていた訳ではありませんよね?幼い頃もありましたし、食事だってしますよね?皆でわいわい騒いだりしませんでした?」

「まあしたが…」

「その話、詳しく聞きたいです」


私は地面に座り、『座って下さい』と地面をトントンと叩いた。



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