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ご挨拶

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横抱きのまま門を通り、門から少し離れた所で私は下ろしてもらった。


「そう怒るなミシェル」


今は普通にエスコートされ王宮軍の敷地を歩いている。


「怒っているのではなく恥ずかしいんです」

「でも牽制にはなっただろ?」

「それは、まあ…そう、ですが…」

「それに、今後はもう何も受け取らないって分かったと思うぞ」

「そうでしょうか」


リーストファー様本人には渡さなくても、他の人が受け取ればリーストファー様に渡せるわ。

私は不貞腐れたようにじっとリーストファー様を見つめた。


「独身の奴等には出会いになるが、夫婦仲を拗れさそうとする仲間はいない。それに王宮軍には妻を大切にしない人もいない。戦になれば数ヶ月から数年は帰ってこれない。もしかしたら生きて帰ってこれないかもしれない。辛い思いも悲しませるのもその時だけでいい。だから側にいれる間は妻を大切にする人が多いんだ。独身の時は遊んでいても妻には一筋になる」

「へぇ、遊んでいても、ですか」

「お、おい、俺の話じゃないぞ?」


慌てた顔をしたリーストファー様。


「俺は女性に興味がなかった。いいや違うな、女性を好きになるのが怖かった。誰かを好きになっても、俺も父上のように冷たい男になる気がしてな。今だから分かるが、幼少期から辺境で育って俺は幸運だった」


婚姻式の食事会の時、お義兄様もお義姉様と子供に対して冷めた所があった。一人で黙々と食事を食べ、お義姉様を手伝おうとはしなかった。自分の子供なのに、泣けば不愉快そうにしていたし、側に寄ってきても知らん顔をしていた。抱っこをせがむように手を出していても席を立ち上がり部屋から出て行った。

性質かもしれないけど、育った環境もあると思う。両親と暮らす、それが必ずしも正解じゃないという事かしらね。


「リーストファー」


大きな声でリーストファー様を呼ぶ声。


「隊長」


王宮軍の建物の前には王宮軍隊長の姿。

リーストファー様の『いいか?』という視線に私は頷いた。リーストファー様は早歩きで隊長のもとへ向かっている。私はリーストファー様の背を見つめ、少しだけゆっくり歩く。

ゆっくり歩きながら、二人の気さくなやり取りを見つめる。お父様より少し若い隊長は大柄で人情味あふれる人。

隊長と目があい、にこっと微笑んだ。


「ご無沙汰しております、テネシー隊長」

「ああ、今は伯爵夫人か」

「はい」

「ミシェル」


隊長は両手を広げた。私が隊長に抱きつけば隊長はそのまま私を軽々と持ち上げた。


「重くなったな、あのおチビちゃんが今は立派な女性になったもんだ」

「女性に重いは禁句ですよ、ネイソンおじさま」

「仕方ないだろ?赤ん坊の頃から知ってるんだぞ?それに暫く会ってなかったんだ、ミシェルが阿呆の婚約者になったからな。でも今は気分が良い、阿呆にはミシェルは勿体なかった」

「本当におじさまはお父様とそっくりですね」

「ハハハ、それはそうだろう、俺の憧れの人だ、若い頃は真似ていたからな」

「た、隊長!ミシェルを下ろして下さい」


おじさまが私を下ろせばリーストファー様は私を引き寄せ、私の腰に両手を回し、私はリーストファー様の腕の中にいる。リーストファー様の胸と私の背がぴったりとくっついている。


「リーストファー必死か、ククッ、あのリーストファーがな、ククッ、ククッ、ハハハッ」


大きな声で笑うおじさま。


「必死にもなります」


拗ねた子供みたいにリーストファー様が言った。


「隊長と知り合いだったのか?」


リーストファー様の声が頭の上から聞こえ、私は見上げた。


「おじさまはお父様信者です。お父様が戦に参加していた時、見習いだったおじさまはその時に惚れたそうですよ?お父様がお母様と婚姻し、度々稽古をしに公爵邸へ来ていました」

「ミシェルの裸も見たしな」

「おじさま!」


私はおじさまをキッと睨んだ。おじさまは眉を上げとぼけた顔をした。

私は私をぎゅっと抱きしめるリーストファー様の手に手を重ねた。


「赤ん坊の頃です。死に急ぐ戦い方をしていたおじさまにお父様が出した条件です。『俺の稽古を仰ぎたいならまず生を見つめろ。小さい体で必死に生きようとしている赤ん坊の世話をして生とは何か、もう一度向き合え』おじさまは休みの度に公爵邸へ来ては私の世話をしていました」

「ああ、おしめも替えたし、泣けばあやした。泣いて何かを訴え、必死に手を伸ばし、抱き上げれば泣き止み俺を見て笑う。赤ん坊の体温に俺は何度も救われた。あの頃は強さに固執してたからな。己の力量も知らず我先に突っ込んで行った。でもある時ふっとミシェルの顔が浮かんだ。『ああ、泣き顔は見たくないな』よちよち俺の後ろを歩き、転べば助けを求め、泣き疲れて俺の腕の中で眠る。

初めて死ぬのが怖くなった。娘のような、年の離れた妹のようなミシェルの存在が、俺に死の恐怖を植え付けた。俺の戦い方が変わったのはそれからだ。気づけば隊長になっていたがな」


私は殿下の婚約者になり、おじさまは王宮軍の副隊長になった。副隊長になったおじさまは、度々来ていた公爵邸へも来れなくなり、王宮ですれ違っても会釈をするくらいで、お互い立場もあり昔のように接する事はできなかった。

王太子殿下の婚約者が王宮軍へ近付くのを良しとしない人達の目もあり、疎遠になっていったのも事実。それを寂しく思いながらも仕方がないと諦めた。


「ミシェル、幸せか?」

「はい、幸せです」

「そうか」


あの頃と変わらない、私を見つめる優しい顔でおじさまは笑った。



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