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稽古風景

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建物の中に入り隊長室まで進む。途中『副隊長』と嬉しそうな顔をしてリーストファー様に話し掛ける若い騎士兵士達とすれ違い、私はおじさまと先に隊長室まで向かった。


「悪いな」


私は顔を横に振った。

おじさまが『悪いな』と言ったのは、きっと若い騎士兵士達が私を無視した事だと思う。礼儀を重んじる騎士として、すれ違う人に挨拶をしなかった。

でもそれは久しぶりに元気な姿を見せた副隊長に目がいったからだと思ってる。だから無礼とは思っていない。


「リーストファー様は男性にも慕われているんですね」


少し不貞腐れた私の顔を見逃さなかったおじさまは声を出して笑った。


「やきもちか?まあ、あいつは人を惹きつける何かを持ってるからな」

「本人は自覚なしですが」

「ククッ、だな」


リーストファー様はもう少し自覚してほしいと本当に思う。『俺なんて誰も見てないさ』どの口が言うのか…。


「ミシェルとこうして話せるようになったのも、幸せな顔が見れたのも、あの阿呆のおかげか」

「不謹慎では?」

「俺一個人の感情だ、隊長としてではない。

ずっと遠くから心配するしかできなかったからな。幸せとは正反対の顔をして、まだ子供なのに大人の顔をして、諦めた目をしていつも同じ仮面を着けて笑う。淑女として妃としては立派だが、幼い頃を知る俺には歯がゆかった。ミシェルの笑顔はそんなもんじゃない、皆を幸せにするんだ。映す瞳はもっと光り輝いていたっていつも思っていた」

「あの頃は何も知らない幼子でしたから」


公爵邸の中だけの世界で私は育った。まだ若いおじさまを『おじちゃま』と慕い、いつも後ろをついて回った。小さい椅子に座り稽古を見て、私がちょっとでもぐずったり眠たくなると必ず側に来て私を抱き上げる。地面に近かった視線が一気に空に近い視線になり、熊のような大柄な体格だからか、その腕の中はいつも安心できた。

お母様やマーラのような柔らかさはないし、硬い腕の中での寝心地は悪かったけど、鼻歌を子守唄に包み込むように抱き、心地よい風が私を眠りに誘った。私が眠るまで歩き続け、私が眠れば木陰で胡座をかいたその上に私を寝かせる。少し眠って目を覚ませば『起きたか?』と優しく笑う。

追いかけられるだけのかけっこも、意味のない木登りも、的に当てる石投げも、今となっては良い思い出。当時は遊びとは思えなかったけど。追いかけてくる顔は怖かったし、木に登れば揺らされるし、的を外せば的に当たるまで投げさせられた。 

今でもあの遊びは何だったのか分からない。

でも当時の私は泣きながらも笑っていたし、おじさまの顔はいつも優しかった。


お茶を飲みながら思い出話をしていると、リーストファー様が隊長室へ入って来た。


「リーストファー、久しぶりに稽古をつけてやれ」

「わぁ、私も見たいです」


王宮軍の稽古風景は一度も見た事がない。


「お姫様もこう言ってるぞ?」


私は私の後ろに立っているリーストファー様を見上げる。


「駄目ですか?」

「ッ、俺はいつもその顔に絆される。何でも叶えてやりたいと思えるんだ」


その顔がどんな顔かは分からないけど、叶えてくれるならそんな嬉しいことはないわ。


「ククッ、ミシェルはリーストファーの扱いが上手いな、ククッ」


肩を震わせ笑っているおじさま。


「リーストファー諦めろ、ミシェルの魅力に取り憑かれた者の宿命だ」


取り憑かれたって、私は悪霊か何かだと言うの?純粋にリーストファー様が稽古をする姿や指導する姿を見たいだけよ?

隊長室から外に出て少し離れた訓練場へ向かう。

大きな掛け声と一糸乱れず練習刀を振る若者達。若者達の間をゆっくり歩き一人一人声をかけ指導をする先輩騎士達。

危ないからと訓練場の柵の外で私は稽古風景を眺める。チラチラと好奇の目で見られたり、鋭い視線で見られたり、それでも私は気にせず稽古風景を眺めている。


「お久しぶりです」


声を掛けられ視線を向ける。


「ロータス卿、お久しぶりです」

「どうぞ」

「すみません、ありがとうございます」


椅子を持ってきてくれたロータス卿。有り難く椅子に腰掛けた。


「ありがとうございます」


私にはロータス卿のお礼が何のお礼か分からなかった。


「リーストファーのあの姿がまた見られるなんて、本当にありがとうございます」

「私は何も。リーストファー様の努力の賜物です」

「それでも、もう一度剣を握ろうと思えたのは夫人のおかげです」

「いいえ、リーストファー様ならいずれご自身で剣を持ったと思います。彼は強い人ですから」

「女性が綺麗に見られたいと思うように、男も格好良く映りたいと思います。好意を抱く女性には格好悪い姿は見せられません」

「格好悪い姿も私は嬉しく思います。リーストファー様の格好悪い姿も素敵ですよ?」

「安心しました」

「え?」

「格好良い姿も格好悪い姿も、どんな姿も見せられるのが夫婦です。お二人は夫婦になりましたね」

「はい、夫婦です」


私は気恥ずかしく微笑んだ。

私の姿をロータス卿は安心したように微笑んでいる。


「安心しました」


ロータス卿の安堵した優しい声に自然と頬が緩んでいた。



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