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婚姻式前夜

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この邸でリーストファー様と暮らして半年。ついに明日婚姻式を迎える。

婚姻式の前日だからといっても、何も変わらない日常を今日も送る。一緒に朝食をとり、リーストファー様はワンズと部屋に籠もる。そして私は部屋でゆっくりと過ごす。

ワンズの診察が終わると、昼食まで探し終えた絵をまた一緒に観ながら邸の中を歩く。私もこの邸の全てを知っている訳ではないから一緒に絵を探している時に発見する事もあった。隠し部屋があったり、玄関や裏口とは別の外へ続く扉があったり、何の為に必要だったのかは分からないけど、それでもちょっとした冒険みたいで楽しかった。

一緒に昼食をとり、庭を歩きながら花壇の苗の様子を見たり蕾を見つけた時は一緒に喜んだ。自分達の手で植え自分達の手で育てた子供のような存在。

そして今日も一緒に庭を散歩する。ベンチに座り自然と繋がる手。


「なあ、こんな俺が夢をみていいと思うか?」


リーストファー様は時々自分の事を『こんな俺』と言う。『こんな』に隠された思いは私には分からない。それでもきっと赤の他人だった私を、殿下に対する憎悪の気持ちだけで殿下から奪い妻にした事や、見た人から一対と言われるほどに自分の片割れだったテオン様や、辺境の大きな家族や仲間の死、自分だけ生き残り自分だけ夢をみていいのか、それと多分、自分だけ婚姻しどんな形であれ妻を持ちいずれ家族を持っていいのか、きっと様々な思いを抱えていると思う。


「夢、ですか?」

「寝てみる夢の方じゃなくてそっちの夢な」

「いいと思いますよ?」

「そうか…」


リーストファー様は少し安堵したような顔をした。


「どんな夢ですか?」

「この庭を俺達の子供が駆け回り、それを俺達はこうして眺める。子供が成長しこの家を出て行っても、俺達は変わらずこうして散歩をして、疲れたらベンチに座ってああでもないこうでもないと話す。ククッ、時には絵の勝負をしながらな?」

「素敵な夢です。なら私も夢をみてもいいですか?」

「どんな夢だ?」

「もし、私達の子供が男児二人でもこの邸で平等に育てたいです。そしてその子達が本当になりたいと思う道を応援したいです。私達が道を決めるのではなく、本人達に道を決めさせたいです」

「男児二人でも平等にか、そうだな、俺みたいにはなってほしくない。例え二人目が男児だったとしてもな…」


リーストファー様の声が少し悲しそうな声に聞こえた。


「リーストファー様?」

「辺境へ旅立つ日、父上に『お前が女児なら良かった。そしたら私はお前を可愛がっただろう。どうしてお前は男児で産まれてきたんだ、女児が産まれるものだと思っていた。男児で産まれたお前は私にとって何の価値もない』と言われた」

「な、何てことを!自分の子供にそんな酷い言葉を言うなんて信じられません。

リーストファー様、この夢は必ず叶います。子供は授かりものなので分かりませんが、それでも一緒にベンチに座ってああでもないこうでもないと言ったり、絵の勝負をしたり、二人でもできます。そんな毎日を過ごしましょう。

その夢、絶対に叶えましょうね?」

「ああ叶えような」


繋がる手を引き寄せられリーストファー様はそのまま私の肩を抱き寄せた。

必ず夢を叶えてみせる。


「明日から俺も二階の部屋を使っていいか?」

「ここに越してきた時に私は言いましたよ?いつでも二階にお越し下さいと」

「フッ、そうだったな」

「私は二階で待っていますね」

「ああ、待っていてくれ」


リーストファー様はギュッと私の肩を抱き寄せ、私の頭とリーストファー様の頭が重なった。

お互いの夢が叶うその日はきっとすぐそこ。


夕食を食べ終わり別々の部屋へ向かう最後の夜。リーストファー様は階段下で私が階段を上るのをずっと見つめている。私も別れを惜しむかのように何度も振り返り、リーストファー様を見つめる。

このまま階段を下りてリーストファー様の手を引き二階の部屋へ、そう思っても私はぐっと我慢をする。

彼が彼の足で二階に、夫婦の部屋に来る事が、彼にとってのけじめの付け方だと思うから。彼は今も葛藤の中にいる。

だから私は二階で待つしかできない。彼が彼の足で二階に上がってくるその時まで。


私の姿が見えなくなるとカツンカツンと杖の音が静かな邸に響き渡る。私はその音を聞いて自分の部屋に入った。あのカツンカツンと杖の音が今の私の安らぎだから。音の鳴る所にリーストファー様は居る、その目印の音。

部屋に入り私は扉を開けて寝室の主の大きなベッドを眺め、真新しいシーツを撫でるように指を滑らした。明日から一緒に眠る光景を思い浮かべて。

そしてその奥の扉を開ける。部屋の主がいないその部屋に家具が揃い、あれだけ主張していたカーテンは部屋の一部に溶け込んだ。

まるで私達のようね。

何もない所から少しづつ歩み寄り夫婦として出来上がった。そしてカーテンのようにお互いの一部になった。

これからリーストファー様はこの部屋で過ごし、眠る時は隣の寝室へ向かう。そこには私がいて寄り添って眠るの。彼の腕の中で彼の寝息を子守り歌に、そして私も眠りにつく。

彼の額にかかる髪を顔が見えるように寄せて、一日の終わりに彼の顔を見て一日の始まりに彼の顔を見て、私は幸せだと感じる。そして眠ってるふりをして彼の胸元へ潜り込む。トクントクンと彼の鼓動を聞いてきっと私は微笑んでいる。


「ふふ」


それが幸福という事。

リーストファー様と一緒に暮らす時お母様が言っていたわ。『幸せになりたいなら毎日会話をしなさい。会話をしないとお互いを知れないわ。何気ない会話をしてお互いを知って時には嫌われると分かっていても自分の意思を伝えるの。同じ時間を過ごし、同じように体験し、そして共通の思い出を作るの。少しづつ少しづつ積み重ねると、自然と相手の為に何かしたいと相手を思う感情が生まれるわ。その感情は信頼にも繋がり愛にも繋がるの。誰でも皆愛されたいと思って婚姻するわ。でも築く努力をしないで愛は生まれない。愛は積み重ねた感情だからよ。ミシェル、良い所も悪い所もあるのが人よ。どんな彼でもそれが彼だと受け入れるの。そしたらどんな彼でも愛しいと思うようになるわ』

リーストファー様は私が鬼になろうと私を受け入れてくれた。どれだけ恨まれようが、何度無視されようが、私は毎日会話をした。

少しづつ少しづつ積み重ねた感情は愛へと姿を変えた。

明日私は愛しい人と婚姻式を挙げる。窓に映る私の顔は幸せだと自然と頬が緩んでいた。



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