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第5章

第78話 ジェラルド兄様の視点1

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 王の資格もないできそこない。人見知りで、自信も覇気もない。
 それが他国の王族貴族が評価したジェラルド・ラウンドルフ・フランシスいう存在だった。

 それもこれも妹が生まれてから──私の世界は一変したからだ。両親も、妖精たちもみな妹ばかり愛して、私は一人だった。太陽のような笑顔に、妖精王と同じ琥珀色の瞳を持つ『愛し子』。
 ずるくて、憎くて、羨ましくて、たくさんの意地悪をしようとした。
 でも、妹は私に笑いかけた。抱き上げると小さくて、温かくて、とても弱くてこれでは一人では生きていけないのだとわかった。

「にぃ」と呼んで私の頬に触れた小さな手は、私を見ていた。
 大きくなっても私の後ろをついて回って、鬱陶しいと思っていたのに──妹が居るから私は一人にならなかった。
 三歳になった妹の傍に、六、七歳ぐらいの黒髪の子供が傍に居ることが多くなる。他国の王族だがこの国で静養しているというのを母上から聞いていた。人見知りで、泣き虫だそうだ。
 そんな黒髪の子供は妹が気にいったのかずっと傍にいる。べったりで、どちらが兄妹わからない。だから黒髪の子供に言ってやった。「お前は妹の兄には絶対になれない」と。

「兄じゃ、ソフィをお嫁さんにできないから、別にいい」
「!」
「アンタは、ソフィが嫌いだから、殺そうとするのか?」
「はあ? なんだよ、それ。そんな恐ろしいことフツウしないだろう」
「母様の国では、兄弟でも殺し合うし、毒を盛ったり、暗殺しようとするって。じゃないと王になれないから消していく」
「は?」

 正直、イカレタ国だと思った。けれど幼いころに王位が決まるこの国では、そういったことは起こらない。起こしても無意味だ。この国で王となるのは、『妖精王ハーレクインが視えるか、話せるか』なのだから。
 それを黒髪の子供に話した。
 叫んだ。
 だから私はいらない子だと──そう言い切った。
 そしたらその黒髪の子供は「よかったな」と笑った。

「ならアンタはなんにでもなれるし、兄妹が争わないでいいなら良かったじゃないか」
「…………!」
「自分の意志で王位に就くのと、生まれた時から王位になるのが決まっているって同じようで全然違う」
「それは……」
「それにソフィはいい子なので『せいじ』に向いてない」
「まあ、確かに……」
「アンタは妹を支えようと思わないのか?」
「!」

 それから黒髪の子供は見なくなった。母上に聞けば自国に帰ったという。
 黒髪の子供がいなくなった後、妹はずっと泣いていた。妹にとっては傍にいる一人ではなく、最初から最後まで、あの黒髪の子供そのものを見ていたのだと知った。

 私が王に就くことはないとわかった瞬間、妹が憎かった。
 自分の望むものすべてを手にすることが出来る幼い妹。だから毛嫌いして距離を取ったのに──結局、嫌いになれなかった。
 血の繋がった家族で、たった一人の妹。
 その小さくて泣き虫が、将来この国を一身に背負うことを失念していた。振り返れば自分の事ばかりだった。自分が何もしていないのに、愛されたい、居場所が欲しいなどと。

 妹は──ソフィーリアは違う。
 他者を愛そうとする。理解しようと、仲良くしようとするのだ。それがわかるから、みなソフィーリアに笑顔を向ける。居心地がいいという。自分が如何に矮小で、愚かで、利己的な人間か思い知り、自己嫌悪で窒息死すればいいとすら思っていた十五歳の誕生日前夜。

 ソフィは私をでき損ないの兄だなんて思っていなかった。それどころか目を輝かせて私の眠っていた能力の有効活用を見出す。

「数学しか興味のない私に、宰相なんて大役が務まるとは思っていないよ」
「そんなことないです。頭の回転が速いですし、兄様の計算式は今後ダイヤ王国にとって貴重なものとなりますわ! 優良人材です」

「王の資格を持たない愚兄」と、憐れみや同情などはなかった。
 ただ単純に妹はジェラルドという一人の人間を見てくれたのだ。誰よりも私という才能を信じて、期待してくれた。ソフィは誰かをやる気にさせる天才なのだろう。
 あのスペード夜王国のシン・フェイ王子も、ハート皇国で謁見したアレクシス殿下に、クローバー魔法国のエルヴィンまでも、いい顔をするようになっていった。

 ハート皇国、スペード夜王国の王位継承権は世襲制ではあるが実力主義が基本。
 クローバー魔法国は血筋など関係なしの完全な実力主義だ。けれどダイヤ王国のみ『妖精王ハーレクインが認識できて、対話が可能ということ』と変わっているのは、国そのものが特殊だからでもある。

 故にダイヤ王国の王は有能でなくともなれるが、人から愛される存在でなければなりえない。父もソフィもなんだかんだで抜けている。というかお人好しで、優しい。
 放って置けないでついつい助けたくなる。
 あの黒髪の子供の言ったとおりだ。
 そんな頼りない王と次期女王だからこそ、私は守る存在でいようと決めた。


 ***


 長々と自分の過去を振り返ったのは、眼前の男が馬鹿な賭けを言い出したからだ。
 賭けを仕掛けた男は、黒髪の子供がいっていた「王位に就くためなら兄弟を殺す側」なのだろう。

 亜麻色の短めの髪、黒の瞳に焼けた肌、王族というよりは犯罪組織の親玉という雰囲気が似つかわしい。白に金の刺繍を豪勢に施されたカンフクに、両手にはいくつもの指輪をはめており、胸のアクセサリーも金色とごてごての服装である。品性の欠片もない。
 眼前の男の名はシン・レキスウ。スペード夜王国の第三王子であり、この賭博場カジノの元締めである。
 招待されたのは城下町の地下街。
 その一角にある娯楽施設の一つだそうで、個室の特別室VIPルームに通された。中はかなり広く天井も二階が吹き抜けになっており圧迫感はない。だが、この金と赤の装飾はなんとも連蘭豪華ではあるが派手過ぎて、内装のセンスを疑ってしまう。

「まあ、座ってくれよ。ダイヤ王国の宰相殿」
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