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第5章

第77話 婚約破棄の提案・後編

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 最初はどうなるかと思ったけれど、セイエン様やソウハ様、ライハ様とのお茶会は穏やかな雰囲気のまま終わった。
 次期国王の話には肝を冷やしたが、それだけフェイ様の能力を買っていたと考えると少しだけ嬉しい。

 フェイ様がダイヤ王国に訪れて私の婚約者になった経緯は、この国に居場所がなかったからだ。
 ハク家の後ろ盾も当初はなく、身一つで彼は私の前に現れた。

(でも今は、この国がフェイ様の有能さを認めている。少なくとも第七王子たちは気づいているということよね。それってなんだか、自分の事のように嬉しいわ)

 そんな暢気なことを考えている最中、フェイ様の歩みが早くなっていることに気づいた。
 いつもは私に合わせてくれているのだが、急いでいるのだろうか。

「フェイ様。何か急ぎの用があるなら私のことは気にしなくていいので、先に戻ってください」
「……」
「フェイ様?」
「え、あ……!」

 ようやく振り向いたフェイ様は、私の息が上がっていることに気づいたのだろう。素早く身を翻して私の元に歩み寄る。

「すまない」
「急ぎの案件があるのですか?」
「いいや」

 なぜか気まずそうに髪をくしゃくしゃにすると、困った顔で私を見つめる。

「早くソフィと二人きりになりたくて、気持ちが急いてしまっただけだ」
(ん? んんんんん!?)

 フェイ様の爆弾発言よりも、彼の顔がほんの少し赤いことの方が驚いた
 耳まで真っ赤で、いつになく色んな感情が溢れ出て、困惑しているようなご様子だ。

(これは貴重な──じゃなくて、熱でもあるのでは?)
「ソフィ?」
「そ、そのフェイ様。少し屈んでいただけませんか?」
「構わないが……」

 六年前はもっと距離が近かったのに、あっという間に背丈も伸びて目線も変わってしまった。それは少し寂しいけれど、私のために屈んでくれる彼が大人になっても可愛らしく見える。
 こつん、と額をくっ付けた。熱くはない。

「!」
(こんな風にするのって、いつ以来だったかしら)

 フェイ様にこうやって熱を測ったのは、五年前だっただろうか。
 ダイヤ王国に留学して一年ごろ、環境が変わって安堵したからか知恵熱を出したことを思い出す。そんな些細な記憶すら今は懐かしくて愛おしい。

「うん、熱はないわ」
「…………貴女は、本当に」
「ふ──きゃ」

 変な声が出てしまったのは無理もない。急にフェイ様が私を抱き上げたのだから。体が宙に浮く感覚はいつになっても慣れない。

 部屋の中ならいざ知らず、ここは廊下である。一瞬にして私は恥ずかしさに死にそうになった。

「フェイ様! わ、私、歩けますから」
「却下。……部屋に戻ってから抱きしめようと思ったが、もう限界だ。これ以上我慢していたら……」
「したら?」
「理性が焼き切れる」
「!?」

 今度はフェイ様が額を重ねた。そして軽く触れるだけのキスは、驚くほど柔らかかった。

 自分の体全身がカッと、顔が熱くなる。周囲に人がいる場所で──そう文句を言おうとしたが、彼の顔を見て声が出なかった。
 今にも泣きそうなほど瞳を潤ませて、幸せを噛みしめるような顔をしている。

「ソフィ」
「フェイ様?」
「ありがとう、私を選んでくれて」
「はい」
「ありがとう、私の隣に居てくれて」
「私こそ、ありがとうございます」
「ソフィ」
「フェイ様、信じてずっと待ってくれて、ありがとうございます」
「ああ」

 そう言うなりフェイ様は歩き出した。私を抱えているのに、速度は先ほどよりも少し速い。

 このままでは危ないので、フェイ様にしがみつく形で首に手を回す。すると満足そうに私の頬に唇が触れた。

「!」
「愛している」
(嬉しいけれど、やっぱり恥ずかしい……ん?)
「「「キャーーー!!」」」

 遠くから悲鳴めいた声が聞こえた。どうやら侍女たちが働く場所の近くにいたようだ。敵意や殺意ではなく、好奇心や興味ありげといった視線が注がれる。

「フェイ様。もしかしてわざと見せつけるために、この道を通ったのですか?」
「さあ、どうだろうな。私は早くソフィと二人きりになりたかっただけなのだが。……嫌だったか?」
(この方は日に日に意地悪になっていく……!)

 フェイ様ばかり余裕なのが悔しくて、対抗心が芽生える。

「フェイ様。気持ちはとても嬉しいのですが恥ずかしいので、せめてキスは二人の時にしてもらえませんか?」
「ああ、わかった」

 そう言った後でフェイ様は、私の頬に唇が触れた。まったくもって人の話を聞いていない。
 ジロリと睨んだが、悲しいほどに効果がなかった。むしろこの状況をとても楽しんでいる。

「フェイ様……!」
「本当に貴女は可愛らしい人だな」

 屈託なく笑うフェイ様に、自然と笑みが漏れる。
 いつの間にか彼の足並みは落ち着きを取り戻し、私と歩く時の歩幅で歩き出す。
 部屋までの間、フェイ様の温もりを堪能することにした。
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