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第2章 清須景明の悩み
第5話 遺言状
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「失礼します。阿倍野様がいらっしゃるとのことで身支度をしていたので、遅れました。私、須藤 暁平の娘の、小夜です。阿倍野様は、どちらにいらっしゃるのですか?」
今日は金糸や銀糸をたくさん使った打ち掛けを身にまとった艶やかな姿の須藤 小夜が三指をついて現れた。前に見た時とは違い、死人のような蒼白した顔を隠すためか、厚化粧をし、床までつく黒く長い髪も綺麗に梳かしてまとめていたため、普通の人に見える。
「おい……! 角田。これを引き取れってか?」
「紅尾さん、僕にそんなこと言われましても困りますよ」
なにやら、ひそひそと阿倍野家の使者たちが囁き合う。妙な雰囲気にソワソワし出した須藤 小夜は、取り繕った笑みを浮かべて、使用人に命じる。
「あら、お客様のお茶の用意が出来ていないじゃない。あなたは、全員分のお茶のご用意を。みなさんも、お座りになって?」
須藤 小夜の号令で、使用人は慌てて廊下をかけて行き、俺を含め残りは皆、渋々席につく。
縁側に面した障子は開け放っていて、部屋全体が澄んだ空気で満たされてるはずなのに、俺は今すぐ帰りたいと思うくらい空気が悪い。
「お待たせしました」
使用人が表情を押し殺した様子でお茶の用意を持ってきて、人数分の湯のみにお茶を入れる。
「お口に合うかどうかわかりませんが、お茶請けに自家製の浅漬けをご用意しました。ご賞味ください」
使用人が配膳しながらそう言うと、須藤 小夜はおかんむりのようで、声を荒らげる。
「ちょっと、こんな貧乏臭いのじゃなくて、ちゃんとした洋菓子を出しなさいよ! この方たちは阿倍野様の使い。もし、粗相があれば、」
「こりゃ、うまい」
関西訛りの呟きが聞こえてきた。関西訛りの男が少しはしゃいだ様子で、体格のいい男に話しかける。
「紅尾さん、これ絶品ですよ! 紅尾さんも食べましょ?」
その言葉で須藤 小夜の態度が急変し、阿倍野家の使者の元へと擦り寄っていく。
「そうですか? お口に合ったようで何よりですわ! お野菜も自家製の物を使ってますのよ?」
「オッホン!」
父が眉間に皺を寄せたまま大きく咳払いをすると、皆の注目が父に向かう。父はそれをチラリと片目で確認して、そのまま続ける。
「本題に入りたいが、その前に自己紹介しないか? その方が互いに少しは話しやすいと思うんだが」
「では、我々から。私は紅尾 浩紀。こっちの関西訛りは角田 圭史。共に、阿倍野一門に属する退治人です。今日は阿倍野様が遠征でこちらにお目見えすることできないため、近くにいた我々がこうして参りました」
「え! じゃあ、阿倍野様はここには来ないの?!」
須藤 小夜の嘆きを全員が無視して、話を進める。
「では我々も。知っているみたいだが、私は清須家の者で現当主の黒繁。こっちは息子で次期当主の景明だ」
「景明です。よろしくお願いします」
父の紹介で、俺は緊張しながら頭を下げた。
「ふーん。景明くん、ね。よろしくね?」
「はぁ」
角田が俺にニッコリ笑いかけるが、無意識に生返事のように返してしまった。それというのも、角田という男を目にしてから、俺はどうも拭えない不安のような猜疑心が掻き立てられていた。先祖返りの、内に宿す妖の本能のせいなのだろうか。
「とりあえず、互いが持ってる遺言状を確認したい。紅尾殿、角田殿。よろしいだろうか?」
「僕は構いませんよ? 紅尾さんもいいですよね?」
「あぁ、異論ない」
「ちょっとお待ちください! 私には遺言状などはもらっていませんが!!?」
須藤 小夜がテーブルを両手で叩きながら喚くと、父がすかさず、
「ならば、小夜さん。現状、須藤家を取り仕切るのはあなただ。あなたも遺言状を確認する義務がある。須藤 暁平殿がどんな内容の文書を残したか、見届けてくれないか?」
「私からも頼む。ことによっては、阿倍野様に早急に来ていただき、ご判断を仰ぐことになる。その時に須藤家の代表がいなければ話にならない」
紅尾さんの言葉で、須藤 小夜の頬が赤くなる。見ているだけで胸糞悪くなって席を立ちたかったが、俺は話を進めるために我慢した。
「わかりましたわ! 阿倍野様が来ても御無礼がないように、私が見届けますわ!」
「では、阿倍野一門が預かったという書状を見せてもらいたい。こちらもコピーですまないが、書状を見せる」
「まぁ、僕らは原本で持ってきてますけど、正直紛失しても痛くもかゆくもありませんので、ご自由に見てください」
父と角田はそう言って、須藤 小夜に書状を渡す。須藤 小夜は恐る恐る書状を開いていく。
「この2つ書状は、父の字に間違いありませんわ……」
須藤 小夜の真剣な言葉に、皆が波乱を予感して息を飲んだ。
つづく
今日は金糸や銀糸をたくさん使った打ち掛けを身にまとった艶やかな姿の須藤 小夜が三指をついて現れた。前に見た時とは違い、死人のような蒼白した顔を隠すためか、厚化粧をし、床までつく黒く長い髪も綺麗に梳かしてまとめていたため、普通の人に見える。
「おい……! 角田。これを引き取れってか?」
「紅尾さん、僕にそんなこと言われましても困りますよ」
なにやら、ひそひそと阿倍野家の使者たちが囁き合う。妙な雰囲気にソワソワし出した須藤 小夜は、取り繕った笑みを浮かべて、使用人に命じる。
「あら、お客様のお茶の用意が出来ていないじゃない。あなたは、全員分のお茶のご用意を。みなさんも、お座りになって?」
須藤 小夜の号令で、使用人は慌てて廊下をかけて行き、俺を含め残りは皆、渋々席につく。
縁側に面した障子は開け放っていて、部屋全体が澄んだ空気で満たされてるはずなのに、俺は今すぐ帰りたいと思うくらい空気が悪い。
「お待たせしました」
使用人が表情を押し殺した様子でお茶の用意を持ってきて、人数分の湯のみにお茶を入れる。
「お口に合うかどうかわかりませんが、お茶請けに自家製の浅漬けをご用意しました。ご賞味ください」
使用人が配膳しながらそう言うと、須藤 小夜はおかんむりのようで、声を荒らげる。
「ちょっと、こんな貧乏臭いのじゃなくて、ちゃんとした洋菓子を出しなさいよ! この方たちは阿倍野様の使い。もし、粗相があれば、」
「こりゃ、うまい」
関西訛りの呟きが聞こえてきた。関西訛りの男が少しはしゃいだ様子で、体格のいい男に話しかける。
「紅尾さん、これ絶品ですよ! 紅尾さんも食べましょ?」
その言葉で須藤 小夜の態度が急変し、阿倍野家の使者の元へと擦り寄っていく。
「そうですか? お口に合ったようで何よりですわ! お野菜も自家製の物を使ってますのよ?」
「オッホン!」
父が眉間に皺を寄せたまま大きく咳払いをすると、皆の注目が父に向かう。父はそれをチラリと片目で確認して、そのまま続ける。
「本題に入りたいが、その前に自己紹介しないか? その方が互いに少しは話しやすいと思うんだが」
「では、我々から。私は紅尾 浩紀。こっちの関西訛りは角田 圭史。共に、阿倍野一門に属する退治人です。今日は阿倍野様が遠征でこちらにお目見えすることできないため、近くにいた我々がこうして参りました」
「え! じゃあ、阿倍野様はここには来ないの?!」
須藤 小夜の嘆きを全員が無視して、話を進める。
「では我々も。知っているみたいだが、私は清須家の者で現当主の黒繁。こっちは息子で次期当主の景明だ」
「景明です。よろしくお願いします」
父の紹介で、俺は緊張しながら頭を下げた。
「ふーん。景明くん、ね。よろしくね?」
「はぁ」
角田が俺にニッコリ笑いかけるが、無意識に生返事のように返してしまった。それというのも、角田という男を目にしてから、俺はどうも拭えない不安のような猜疑心が掻き立てられていた。先祖返りの、内に宿す妖の本能のせいなのだろうか。
「とりあえず、互いが持ってる遺言状を確認したい。紅尾殿、角田殿。よろしいだろうか?」
「僕は構いませんよ? 紅尾さんもいいですよね?」
「あぁ、異論ない」
「ちょっとお待ちください! 私には遺言状などはもらっていませんが!!?」
須藤 小夜がテーブルを両手で叩きながら喚くと、父がすかさず、
「ならば、小夜さん。現状、須藤家を取り仕切るのはあなただ。あなたも遺言状を確認する義務がある。須藤 暁平殿がどんな内容の文書を残したか、見届けてくれないか?」
「私からも頼む。ことによっては、阿倍野様に早急に来ていただき、ご判断を仰ぐことになる。その時に須藤家の代表がいなければ話にならない」
紅尾さんの言葉で、須藤 小夜の頬が赤くなる。見ているだけで胸糞悪くなって席を立ちたかったが、俺は話を進めるために我慢した。
「わかりましたわ! 阿倍野様が来ても御無礼がないように、私が見届けますわ!」
「では、阿倍野一門が預かったという書状を見せてもらいたい。こちらもコピーですまないが、書状を見せる」
「まぁ、僕らは原本で持ってきてますけど、正直紛失しても痛くもかゆくもありませんので、ご自由に見てください」
父と角田はそう言って、須藤 小夜に書状を渡す。須藤 小夜は恐る恐る書状を開いていく。
「この2つ書状は、父の字に間違いありませんわ……」
須藤 小夜の真剣な言葉に、皆が波乱を予感して息を飲んだ。
つづく
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