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第二十話~彷徨う死者4~

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 さて、アンリとニートリッヒを目指し始めてから、一週間が経過した。
 やっと半分ってとこか。ここまでの道のりは大変だった。
 特に大変なのは、私の世界からテントを召喚するたびに、進化し続けること。
 4階建ての一軒家が出てきたときは、正直ビビった。でも、だんだん慣れてきたような気がする。
 だけど、私なんてまだまだ。アンリなんて、すぐに受け入れていたからな。

 この子、案外適応力があるからなー。
 これが、王族の血か! あ、でも、この子の親は悪臭王な訳で……。
 なんだかかわいそうになってきた。

「あ、小雪お姉ちゃん。前から何かきますよ」

「あ、本当だ、なんだあれ」

 なんだろう、馬車っぽいんだけど……。護衛もいないし、ちょっとボロボロである。
 行商人かな? それとも奴隷? 奴隷は嫌だ! 一回落ちかけたことあるからね。あれは酷いよ。手を鎖で繋がれて、ムチを打たれて人間の尊厳を失わせる。
 だんだん希望が見えなくなって、なんかどうでも良くなってくるんだよ。
 ラノベや漫画で、奴隷が、いつか復讐をっ! とか何とか言っているけど、大抵は、その前に心が壊れる。
 そりゃ当たり前だよね。ひどいことをやられて、やっとやめてもらえたと思ったら次が来て、勘弁してくださいと懇願したら地獄を見ることになる。
 私は「うわぁ、やだなーあれ」とか呟きながら、奴隷商人さんと月まで飛ばしたけどね。
 本当に月までいったかは知らないけど……。

 あれが奴隷商人だったら、胸糞悪い過去を思い出しそうでなんか嫌だ。
 さて、何が来るやら。

「小雪お姉ちゃん、あの馬車……どこかで見たことがあるような気がするんだけど……」

「うん、私もそう思った。でもどこでだっけ?」

「私も思い出せません」

 うーん、遠くからで、まだぼやっとしているけど、馬車に描かれたあの紋章、どこかで見たことあるような……。
 あ、あれはッ! 勇者軍の紋章だ!
 ってことは、あれは勇者関係者の? だけど、かなりぶっ壊れている様子。
 私が戦場から離れて、押されてきたとか?
 だったら、ざまぁ! って言ってやりたい。

 あのクズ勇者は、堕ちるところまで落ちているからな。
 どうせ、チートやったぜ的な感じで、無謀にも敵に突っ込んだ。
 それに巻き込まれて、ヒィーヒィー言っちゃった哀れな従者さんたちが、勇者を置いて逃げてきたってところか?
 なら、見逃してやろ。良かったな、勇者から逃げられて。あれは魔族より質が悪い。

 ガタゴトと音と立てて近づいて来る馬車。馬も生気がないような感じでぐったりしながらもトボトボと歩いている。
 御者も、俯いて顔がよく見えない。あれ、死んでるようにしか見えないんだけど。

 馬車が私たちの前を横切って、通過するかと思いきや、いきなり馬車が止まった。
 え、何?

「小雪お姉ちゃん、馬車が……」

「なんか怪しい気がする。もしかしたら、勇者に呆れた従者たちが盗賊に成り下がったのかも」

「それなら憲兵あたりに渡せばお金になりますね!」

 お、おう。この子、意外と現金なやっちゃな。
 それはともかくとして、不自然に止まったこの馬車が不穏な空気を漂わせている……気がする。

 私は、御者台がある方に向かってみて、声をかけてみた。

「あの……どうしましたか?」

「…………返事がない、ただの屍のようだ」

 …………ん? 某ゲームの主人公が屍に声をかけたときのセリフにそっくりなことを言いやがったぞ?
 もし本当に死んでいるんだったら、そんなこというわけねぇだろ! 死体舐めんな!

「ガゥ!」

「うひゃぁ!」

 俯いたままだった御者が、突然私に振り向いて威嚇した。てかゾンビだった。
 え、嘘! こんなところでエンカウント!
 心の準備が出来ていないんですけど!

 びっくりして気が緩んだところにーー

『ガゥ!!』

 馬車から、大量のゾンビたちが顔を出して、叫んだ。
 そして、どこからともなく陽気な音楽が流れ始める。

「え、ま、ちょ! 一体何が始まるの!」

 ジャラジャラとしたマラカスのような音、激しいドラムの音、響きが心地よいギターの音など。だけど楽器は見当たらない。
 え、本当になんなの!

「小雪お姉ちゃん! あれ見て!」

 アンリが指さした方向は、御者……ではなく、その更に前にいる1頭の馬。よく見るとこいつもゾンビっぽい。
 やべえ、馬のゾンビって結構強かった気がするし、肉が食べられない。ちょっとだけショッキング。

「すっごく楽しそうですね!」

 え、何が?
 アンリが見ている馬の方を更に凝視すると……あの馬は歌っていた。
 しかもあの馬から聞こえるのは、マラカスの音とか、ドラムの音とか、ギターの音とか……。

「お前は馬だろおおおおおおおお、馬鹿にすんじゃねえぇっぇぇぇぇぇぇっ!」

 この陽気な音楽はまさかの馬の歌だったよ。これ色々とおかしくね? バグり過ぎだろ!

 しかもさ、ゾンビさんたちは、馬の歌声もどきの音色に合わせて、ステップを踏み、はみ出た内蔵が目立つような仕草をとり、楽しそうに踊りだす。
 男のゾンビは、なんかこう、不思議と言いますか、謎といいますか、くねくねとした腕の動きに、付け加えたかのようなタップダンス。あのステップが妙にかっこいい。
 女のゾンビは、豊満なボディを見せつけるような、エロティックな踊りと、タップダンス。あれ、両立するんだ……。なんかすげぇ。

 そして、リズミカルな馬の歌と、ゾンビたちのタップダンスが、いい感じに合わさって、素敵な音色を奏でた。

 しかも、ゾンビたちは、かなり練習したのだろうか、一体感が半端ない。これもう、プロとして通用しますよ?

「があぁああああ……さぁ、一緒に!」

「いや、急に喋るなよ、ゾンビといい、馬といい……もう勘弁してぇぇぇぇぇぇぇ」

 頭がくるくる回るよ。マジで、なんでゾンビが喋るんですか!
 これ、死者蘇生じゃありません? いやまあ、ゾンビになっているわけだから、死んでいるのは確かなんだけど、意思疎通ができる時点で、魂は死んでないといいますか?
 ってことは、魂とか心が完全に死ねば、それは死んだも同然? だったら私は死ねるかも!

 だって、精神のステータスは表示ができないほど酷いですし? 自分自身の心を壊すのなんて楽勝でしょう!
 と思ったのだが、やっぱりだめだ、この考え。私の心の中に、もうひとり、化物と呼べる奴がいるのを忘れていた。

「小雪お姉ちゃん……大丈夫ですか?」

「え、何が?」

「えっと……いや、その……」

 アンリが口ごもる。なんかとても言いにくそうだ。
 そういえば、視界が突然揺れだした気がする。死ぬ方法について考えていたから、気がつかなかったけど。

 一体何が起こって……ぃ!

「楽しそうな踊りですね!」

「それはなんて皮肉ですか!」

 まさか、私まで踊っているなんて!
 これは一体どういうこと。てか、なんでアンリが大丈夫で私がダメなのよ!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【不思議な踊り】

 相手を謎めいた踊りに誘ってしまう。
 くねくてとした仕草が妙に気持ち悪いと悪評が酷い。
 精神ステータスにより、効果が作用される。
 そしてぺったんは問答無用で不思議な踊りに誘われる!?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 なんてこった! これは精神に作用するスキルだ。
 相手を無理やり踊らせて行動不能にするパターンのめんどくさい奴。
 私の精神は、表示されないぐらいに低いから、くらっちゃうんだなこれ……。
 でもな、最後のな。
 ぺったんが問答無用っていうのは余計なんだよぉぉぉぉぉ!

 気にしないようにしているのに!
 でもあれ? アンリはなんで効果がないの?
 この子もぺったんよ?

【システムメッセージ:不屈の精神でレジストしているようです】

 あ、世界樹さん、ありがとう。
 アンリはすごいね。このむちゃくちゃスキルをレジストしちゃうなんて。
 そんなことできるなら、少しぐらい私に精神のステータスを分けてよ!
 この踊りをしているとね、ぺったんって認めているようで惨めな気持ちになってくるんだよ!

「小雪お姉ちゃん…………残念です」

「またしても哀れみの目っ!」

「カメラを持っていませんでした。今回は脳内メモリーに焼き付けることにします。じー」

「って、そっちかい! 別に脳内メモリーに焼き付けなくてもいいから! はよ助けてよ!」

 勇者、お姫様に助けをお願いする。
 私って、こんな役割ばっかだな……とほほ。
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