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【続編】

105:まだ甘い、甘い

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カロリーナが用意された朝食を口にするのかどうか。
それは……予想がつかなかった。
何せ入浴では散々暴れている。
それにプライドも高い。
お腹の虫が鳴ったことで恥をかき、ムキになり朝食をボイコットする……可能性もあった。

だが。

テーブルに並べられた料理は……。
朝食を終えた私でも「美味しそう」と思えるものだった。

卵はスノーも大好きなトリュフ入りのオムレツ。
これは湯気と共にそのいい香りが漂う。
ハーブ入りのボイルしたソーセージ。
歯ごたえがあり肉汁が溢れる一品。
あとは……。
焼き立てのパン。
具沢山のスープ。
林檎などの果物。

カロリーナは多分、ろくに食事をしていなかったのだろう。
気持ちとしては食べたくない。だろうが、体が食べることを欲したようだ。ものすごい勢いで食べ始めた。こんなガツガツとカロリーナが食事をする姿を見るのは初めてだった。

「……あなたも苦労したのね」

思わず呟いていた。
ハッとした表情のカロリーナがちぎったパンを手に固まっている。

「私もパルマ修道院に辿り着いた時。出されたシチューとパンを貪るように食べてしまったわ。それまで馬車に揺られ、安宿に泊まり、具のない水みたいなスープと硬いパンしか食べられなかったから……。修道院で出されたシチューとパンが涙が出る程美味しく感じて……」

「パトリシアさまこそ、苦労しただろう。こちらのお嬢さんは苦労したって言っても1カ月足らずだ。でもパトリシアさまは最果ての修道院に1年以上いたんぞ。あんな流刑地みたいな場所で。それに比べたらまだ甘い、甘い」

黙って聞いていたカロリーナだったが。
ポタポタと涙をこぼしている。
マルクスは勿論、私も衝撃を受けていた。
自身の辛かった一カ月を思い出し泣いているのだと思うが。
この後、癇癪を起されるかと思い、構えてしまう。
だが、次第に泣き止み、食事を再開させた。

マルクスと顔を見合わせホッとする。
余計なことを言い、カロリーナの感情を揺さぶるのは止めよう。
マルクスと私は黙り込み、カロリーナは黙々と食事を続け……。

ついに食べ終わり、メイドが紅茶を出し、ひと段落ついたその時。

ノックの音と共にロレンソと……レオナルドが帰ってきた。
レオナルドの顔を見ると。
カロリーナの顔は分かりやすく青ざめる。

優雅な足取りで私達が座るテーブルにやってきたレオナルドは。

「カロリーナ様。ご無沙汰しております。今回は僕の婚約者に随分な悪戯を仕掛けてくれましたね。パトリシアは無事でしたが、彼女の大切な友人が代わりに『呪い』を受けました。スノーという少女が、今、冷たい体で眠りについています。この『呪い』、ちゃんと解いていただけますよね?」

とても優しく丁寧に言われたからなのか。
カロリーナはレオナルドが本気で怒っているとは思わなかったようだ。
顔色は元に戻り、なんだか計算高そうな顔になっている。
そこで気づく。
これは……交渉を持ちかけるつもりだと。
スノーの『呪い』は解くから、見逃してくれ、とか言い出す算段では。

「ちなみに僕に交渉を持ちかけるのは無理ですよ。既にあなたが捕えられていることは、国王陛下も周知しています。それにこの屋敷の周囲は、騎士が取り囲んでいますから。そしてこの後、あなたは黒の塔に収監されることが決まりました。光栄と思ってください。あなたをそこまで連行するのは、王太子さまなのですから」

これにはマルクスも私も、そしてロレンソさえも「えっ」と声を出していた。

黒の塔は……終身刑の犯罪者が収監される監獄だが、主に収監されるのは政治犯が多い。その牢獄に窓はなく、床も壁も天上も扉も真っ黒。開閉式の食事を差し入れるスペースがあるが、それは外側からしか開けられない。食事は与えられるし、入浴もさせてもらえるが、外出は一切許されず、娯楽もなし。唯一渡されるのは聖書のみ。

ちなみに終身刑ではあるが、ここで十年も過ごすと、人格が代わり、そのまま聖職者になる者も多い。つまり併設されている修道院に移り、そこで修道僧・修道女となり、そこから一生出ることなくその生を終えることが多いと言われている。

ここに収監されるぐらいなら。国外追放の方がましだったのではと思う。この決断を国王陛下が下したということは……本気で国王陛下をカロリーナは怒らせてしまったと断言できる。

ただ、国王陛下のこの判断は仕方ないとも思う。再度国外追放しても、カロリーナは魔法も使える。またこっそり戻って来る可能性もあった。その度に今回のような騒動になるのは、国王陛下も避けたいと思ったはずだ。何より、本来断頭台送りも妥当だったところを爵位剥奪と国外追放で済ませたのに。

国内に潜伏していた。さらにはレオナルドの番(つがい)である私に『呪い』をかけいようとした。こんなことを繰り返させるわけにはいかないと思ったのだろう。

「なお、スノーの『呪い』を解かない場合や無謀な交渉を持ちかけた場合。あなたを煮るなり焼くなり好きにしていいと言われています。カロリーナ様。あなたに『呪い』で挑まれるのは、これで2度目です。もしあなたが『呪い』を解かなくても、こちらで解く算段は立っています。ですから……正直に申しましょう。残念ながらあなたは用なしです。今すぐこの場でそのお命を頂戴することもできます」

そう言ったレオナルドは剣を抜いていた。
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