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36:私のことを想って
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「オリビアさま、見てください。あそこの固焼きパンのお店、ものすごく種類がいっぱいありますよ」
スノーに手を引かれ、お店に行くと、確かにそこにはドーナツのような円形の固焼きパンが、いくつも山積みになっている。チーズ味、ペペロンチーノ味、ローズマリー風味、バジル風味、砕いたオリーブの実が混ぜられたものと実に様々。サイズは手の平より小さいぐらいなので、気になる味を選び、紙袋にいれてもらい受け取った。
さらにブラッドオレンジジュースを手に入れ、ヘーゼルナッツ入りのチョコレートも購入した。
そうやって市場を歩いていると、沢山の町民から声をかけられた。服装や手に持つ十字架を冠した杖から、聖女だと分かるようだ。丁寧に挨拶されたり、祝福を与えて欲しいと請われたり。赤ん坊を抱いた母親からは、子供の頭を撫でて欲しいと言われたり。
そんな風に散策しながら、巨大サイズの野菜ばかり扱う珍しいお店を眺めていると、店主が気さくに話しかけてきた。
「こんなところで聖女さまに会うなんて、珍しいことだ。もしやそのおばけカボチャを退治しにきたのかな?」
「オリビアさまがゴースト退治をしたら、そのかぼちゃは途端に小さいサイズになってしまうかもしれません!」
スノーが笑顔で応えると、店主は「それは困る」と破顔する。
「退治すると言えば、聖女さまは知っていますか、この地にあるプラサナス城のゴースト騒動を」
店主の妻である女性が、聞きたかったゴーストの話をしてくれた。
なんでもプラサナス城では3年ほど前から、城の中はもちろん、庭園も含め、ゴーストが徘徊するようになったという。その姿を見たものは少ないが、奇怪な物音が聞こえたり、物が飛んできたり、嫌な気配を感じたりするらしい。日没になると、ゴーストが現れるようで、夜が更ければ更けるほど、その怪奇現象は増える。
聖職者がゴースト退治に乗り出したが、聖職者がいるとゴーストはでない。でも彼らが去ると、またゴーストは現れる。ではと聖職者を常駐させようとすると、なぜか聖職者は不慮の事故に遭い、城を去ることになる。
ゴーストがいることを良しとしているわけではないが、打つ手がない。城ではゴーストありきの生活スタイルが、確立しつつある。つまり、舞踏会はほとんど開かれなくなり、開かれても夕方のうんと早い時間に始まり、早々に終わってしまうそうだ。
「ドレスを仕立てる店や布を扱うお店は、注文が減り、困っているそうよ」
店主の妻はそう締めくくった。
「オリビアさま、ゴースト騒動の話、聞くことが出来ましたね」
スノーの言う通り、これで町に来た目的は達成だ。あとは先程市場で買ったものを食べようと、そのまま通りを進む。
市場を抜けると、そこはまた広場になっているが、中央には噴水があり、お店よりもベンチの数が多い。皆、市場で手に入れた物を、そのベンチに座って食べている。
スノーと私もベンチに座り、先ほど手に入れた固焼きパンを食べ始めた。
「そう言えば、先日、オリビアさまの髪に飾られていたピンク色のビオラ。あれはとても綺麗でしたね」
スノーが美味しそうに、ペペロンチーノ味の固焼きパンを食べながら、私を見た。
「そうね。あの花は、アズレークさまが魔法で出してくれたのよ」
「え、そうなのですね」
固焼きパンを食べる手を止めたスノーは……。
「オリビアさま、ピンク色のビオラの花言葉ってご存知ですか?」
「花言葉? 知らないわ」
するとスノーは固焼きパンを誰かに見立て、うっとりとした視線を向ける。
「『私のことを想って』『信頼』『少女の恋』ですよ、オリビアさま」
「え……」
スノーの言葉に思わずドキリとしてしまう。
アズレークは……この花言葉を知っていたのだろうか?
ビオラは色が多い。
赤、白、紫、青、黄色……色が複数混ざったものや黒まである。
なぜ、ピンクを選んだのだろう……?
まさか私のことを想って??
花言葉で私にメッセージを伝えたかった……?
「オリビアさま、食べないのですかー?」
既にペペロンチーノ味の固焼きパンを食べ終え、バジル風味を手に取ったスノーが、不思議そうにこちらを見ている。
「もちろん食べるわよ。オリーブの実が入っているのをいただこうかしら」
紙袋から固焼きパンを取り出し、スノーに微笑みかけた。
◇
町から戻り、落ち着いたところで、アズレークが部屋にきた。
マントは外していたが、髪型と色は外出時のままだ。
その姿のまま、魔力を送りこまれた。
いつもと違う姿のアズレーク。
ただそれだけで、日課となっている魔力を送りこまれるという行動に、とんでもないぐらい心臓がザワついてしまう。一方のアズレークは、魔力を送り終えると、いつものように部屋から出て行ってしまう。
町へ外出した時。
スノーは、髪に飾られたピンク色のビオラの花言葉を、教えてくれた。
「私のことを想って。」
そんな花言葉にもしや……なんて考えてしまったが。
アズレークから恋や愛を感じる言動は皆無だ。
当然だろう。
私は彼にとっての標的(ターゲット)であり、駒に過ぎない。
恋愛感情を覚える余地はない。
ソファに座った私は、置時計に目をやる。
間もなく夕食の時間で、それが終わればリハーサルとなる。リハーサルを行うぐらい、この屋敷での滞在が終わる時が、迫っていた。
スノーに手を引かれ、お店に行くと、確かにそこにはドーナツのような円形の固焼きパンが、いくつも山積みになっている。チーズ味、ペペロンチーノ味、ローズマリー風味、バジル風味、砕いたオリーブの実が混ぜられたものと実に様々。サイズは手の平より小さいぐらいなので、気になる味を選び、紙袋にいれてもらい受け取った。
さらにブラッドオレンジジュースを手に入れ、ヘーゼルナッツ入りのチョコレートも購入した。
そうやって市場を歩いていると、沢山の町民から声をかけられた。服装や手に持つ十字架を冠した杖から、聖女だと分かるようだ。丁寧に挨拶されたり、祝福を与えて欲しいと請われたり。赤ん坊を抱いた母親からは、子供の頭を撫でて欲しいと言われたり。
そんな風に散策しながら、巨大サイズの野菜ばかり扱う珍しいお店を眺めていると、店主が気さくに話しかけてきた。
「こんなところで聖女さまに会うなんて、珍しいことだ。もしやそのおばけカボチャを退治しにきたのかな?」
「オリビアさまがゴースト退治をしたら、そのかぼちゃは途端に小さいサイズになってしまうかもしれません!」
スノーが笑顔で応えると、店主は「それは困る」と破顔する。
「退治すると言えば、聖女さまは知っていますか、この地にあるプラサナス城のゴースト騒動を」
店主の妻である女性が、聞きたかったゴーストの話をしてくれた。
なんでもプラサナス城では3年ほど前から、城の中はもちろん、庭園も含め、ゴーストが徘徊するようになったという。その姿を見たものは少ないが、奇怪な物音が聞こえたり、物が飛んできたり、嫌な気配を感じたりするらしい。日没になると、ゴーストが現れるようで、夜が更ければ更けるほど、その怪奇現象は増える。
聖職者がゴースト退治に乗り出したが、聖職者がいるとゴーストはでない。でも彼らが去ると、またゴーストは現れる。ではと聖職者を常駐させようとすると、なぜか聖職者は不慮の事故に遭い、城を去ることになる。
ゴーストがいることを良しとしているわけではないが、打つ手がない。城ではゴーストありきの生活スタイルが、確立しつつある。つまり、舞踏会はほとんど開かれなくなり、開かれても夕方のうんと早い時間に始まり、早々に終わってしまうそうだ。
「ドレスを仕立てる店や布を扱うお店は、注文が減り、困っているそうよ」
店主の妻はそう締めくくった。
「オリビアさま、ゴースト騒動の話、聞くことが出来ましたね」
スノーの言う通り、これで町に来た目的は達成だ。あとは先程市場で買ったものを食べようと、そのまま通りを進む。
市場を抜けると、そこはまた広場になっているが、中央には噴水があり、お店よりもベンチの数が多い。皆、市場で手に入れた物を、そのベンチに座って食べている。
スノーと私もベンチに座り、先ほど手に入れた固焼きパンを食べ始めた。
「そう言えば、先日、オリビアさまの髪に飾られていたピンク色のビオラ。あれはとても綺麗でしたね」
スノーが美味しそうに、ペペロンチーノ味の固焼きパンを食べながら、私を見た。
「そうね。あの花は、アズレークさまが魔法で出してくれたのよ」
「え、そうなのですね」
固焼きパンを食べる手を止めたスノーは……。
「オリビアさま、ピンク色のビオラの花言葉ってご存知ですか?」
「花言葉? 知らないわ」
するとスノーは固焼きパンを誰かに見立て、うっとりとした視線を向ける。
「『私のことを想って』『信頼』『少女の恋』ですよ、オリビアさま」
「え……」
スノーの言葉に思わずドキリとしてしまう。
アズレークは……この花言葉を知っていたのだろうか?
ビオラは色が多い。
赤、白、紫、青、黄色……色が複数混ざったものや黒まである。
なぜ、ピンクを選んだのだろう……?
まさか私のことを想って??
花言葉で私にメッセージを伝えたかった……?
「オリビアさま、食べないのですかー?」
既にペペロンチーノ味の固焼きパンを食べ終え、バジル風味を手に取ったスノーが、不思議そうにこちらを見ている。
「もちろん食べるわよ。オリーブの実が入っているのをいただこうかしら」
紙袋から固焼きパンを取り出し、スノーに微笑みかけた。
◇
町から戻り、落ち着いたところで、アズレークが部屋にきた。
マントは外していたが、髪型と色は外出時のままだ。
その姿のまま、魔力を送りこまれた。
いつもと違う姿のアズレーク。
ただそれだけで、日課となっている魔力を送りこまれるという行動に、とんでもないぐらい心臓がザワついてしまう。一方のアズレークは、魔力を送り終えると、いつものように部屋から出て行ってしまう。
町へ外出した時。
スノーは、髪に飾られたピンク色のビオラの花言葉を、教えてくれた。
「私のことを想って。」
そんな花言葉にもしや……なんて考えてしまったが。
アズレークから恋や愛を感じる言動は皆無だ。
当然だろう。
私は彼にとっての標的(ターゲット)であり、駒に過ぎない。
恋愛感情を覚える余地はない。
ソファに座った私は、置時計に目をやる。
間もなく夕食の時間で、それが終わればリハーサルとなる。リハーサルを行うぐらい、この屋敷での滞在が終わる時が、迫っていた。
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