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10:さあ、答えてもらおう、取引は成立か?
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「そんな、アズレークさま、パトリシアさまを殺したりしないでください!」
ずっと事の次第を見守っていたスノーが、椅子から立ち上がるなり、私のところへ来た。そしてその小さな体で私を庇うよう、アズレークの前に立ちふさがった。するとアズレークは組んでいた脚をほどき、前かがみになると、スノーの頭を優しく撫でた。
「私だってそんなことをしたくない。だからパトリシアだって、この取引を飲むはずだ。パトリシアがこの取引に応じ、無事、役目を果たしたら、君たち二人の安全も保障する。そもそも王太子は、命を落とすわけではない。だから君たちがこの取引を成し終えたところで、追われることもない」
アズレークのこの言い方……。
取引は、私とするつもりだ。
だがそこには、スノーも含まれている。
つまり私が取引に応じなければ、暗殺されるのは、私だけではない。今、ここですべてを聞いてしまったスノーもまた、消されてしまう……。
暗殺という言い方だが、王太子を殺害するわけではない。
魔力を失い、国王にはなれないが、凡人としてなら生きていける……。
ただ、廃太子に追い込むだけ。
でも私には、パトリシアの記憶がある。
彼が王太子として、幼い頃から頑張る姿を見てきている。
それを思えばこんな取引、飲むわけにはいかないのだが……。
「パトリシア、一つ教えておく。君がこの取引を飲まなくても、私に困ることは何もない。まずは王命に従い、君を……。その後は別の誰かを見つけ、その者に君が拒否した取引を持ち掛けるまでだ」
どうしてもアズレークは、王太子を国王にしたくない……。
というか、国王陛下に絶望を与えたい。
恨みを抱いている……。
一体、何があったのだろう?
このアズレークと国王陛下の間に。
でも考えて分かることではない。
それよりも今は、その取引に応じるか否かだ。
「魔法とある道具を使い、王太子が国王に立てないようにする……魔力を奪うと言っていましたが、それは一体どういう方法なのですか?」
「それは機密情報だ。取引に応じてからでないと答えられない」
「考える時間をいただくことは?」
アズレークはため息を漏らし、髪をかきあげた。
恐ろしい取引を持ち掛けている相手だと分かっても、その仕草、顔立ちに見惚れてしまう。
「王太子は10日後、王都を離れ、領地視察でプラサナス城に滞在することになっている。滞在は2週間だ。君はここ、プラサナスの地に偶然やってきた聖女として、王太子に会いに行く。プラサナス城ではゴースト騒動が起きている。このゴーストを退治する名目で、城に乗り込む。そしてすべてのゴーストを退治し、聖女としての信頼を得て、王太子に近づく。最終的に王太子の寝込みを狙う。この計画を遂行するために、準備を進める必要がある。迷っている時間などない」
プラサナス!?
修道院があった場所から、100キロ以上離れている。
そんなに移動していたなんて……。
魔法が使えると言っていた。
本当に、魔法を使える……。
しかも相当だ。
それにしても聖女? 私が?
私はただの修道女なのに。
ゴーストを退治するなんて……無理だ。
するとまるで私の考えを見通したかのように、アズレークが口を開いた。
「パトリシア、君は修道女だが、聖女ではない。でも君には聖女を演じてもらう必要がある。そのためには、聖なる力が使えないとならない。だが聖なる力なんて、手に入れるのは無理だ。だから代用として、君に魔法を使えるようになってもらう。そのために私の魔力を、君の中に送り込む必要がある。これから10日間かけ、魔力を送り、その体に蓄積させる。ゴースト退治と王太子に魔法を使う時のために」
「魔力を私の中に蓄積!? そんなことできるのですか!? それに聖女を演じるなんて……。私はただ、王太子の懐に潜り込む、すなわち近くへ行けばいいのではないのですか? あとはあなたの魔法と道具で、勝手に廃太子計画が進むのではないのですか!?」
王太子の寝室に、アズレークが用意したある道具を忍ばせれば、あとはその道具がアズレークの魔法に反応し、魔力を奪うような動きをするのかと思っていた。まさか私に魔力を与え、魔法を行使させるなんて、想像もしていない。
「ただ王太子のそばに行けばいいのなら、スノーにだってできる。パトリシア、君は王太子にギリギリの距離まで迫る必要がある。そしてその場で私があらかじめ渡しておいた道具を取り出す。それを取り出せば、君の中の魔力が道具に反応し、魔法も発動できる状態になる。そうなれば後は勝手に道具と魔法が作用し、君の意志とは関係なく、計画を遂行してくれる」
そう言うと、アズレークの黒い瞳が、射抜くように私を見た。
これまでにない鋭い視線に、心臓がドクンと大きく反応してしまう。
「さあ、答えてもらおう、取引は成立か?」
ずっと事の次第を見守っていたスノーが、椅子から立ち上がるなり、私のところへ来た。そしてその小さな体で私を庇うよう、アズレークの前に立ちふさがった。するとアズレークは組んでいた脚をほどき、前かがみになると、スノーの頭を優しく撫でた。
「私だってそんなことをしたくない。だからパトリシアだって、この取引を飲むはずだ。パトリシアがこの取引に応じ、無事、役目を果たしたら、君たち二人の安全も保障する。そもそも王太子は、命を落とすわけではない。だから君たちがこの取引を成し終えたところで、追われることもない」
アズレークのこの言い方……。
取引は、私とするつもりだ。
だがそこには、スノーも含まれている。
つまり私が取引に応じなければ、暗殺されるのは、私だけではない。今、ここですべてを聞いてしまったスノーもまた、消されてしまう……。
暗殺という言い方だが、王太子を殺害するわけではない。
魔力を失い、国王にはなれないが、凡人としてなら生きていける……。
ただ、廃太子に追い込むだけ。
でも私には、パトリシアの記憶がある。
彼が王太子として、幼い頃から頑張る姿を見てきている。
それを思えばこんな取引、飲むわけにはいかないのだが……。
「パトリシア、一つ教えておく。君がこの取引を飲まなくても、私に困ることは何もない。まずは王命に従い、君を……。その後は別の誰かを見つけ、その者に君が拒否した取引を持ち掛けるまでだ」
どうしてもアズレークは、王太子を国王にしたくない……。
というか、国王陛下に絶望を与えたい。
恨みを抱いている……。
一体、何があったのだろう?
このアズレークと国王陛下の間に。
でも考えて分かることではない。
それよりも今は、その取引に応じるか否かだ。
「魔法とある道具を使い、王太子が国王に立てないようにする……魔力を奪うと言っていましたが、それは一体どういう方法なのですか?」
「それは機密情報だ。取引に応じてからでないと答えられない」
「考える時間をいただくことは?」
アズレークはため息を漏らし、髪をかきあげた。
恐ろしい取引を持ち掛けている相手だと分かっても、その仕草、顔立ちに見惚れてしまう。
「王太子は10日後、王都を離れ、領地視察でプラサナス城に滞在することになっている。滞在は2週間だ。君はここ、プラサナスの地に偶然やってきた聖女として、王太子に会いに行く。プラサナス城ではゴースト騒動が起きている。このゴーストを退治する名目で、城に乗り込む。そしてすべてのゴーストを退治し、聖女としての信頼を得て、王太子に近づく。最終的に王太子の寝込みを狙う。この計画を遂行するために、準備を進める必要がある。迷っている時間などない」
プラサナス!?
修道院があった場所から、100キロ以上離れている。
そんなに移動していたなんて……。
魔法が使えると言っていた。
本当に、魔法を使える……。
しかも相当だ。
それにしても聖女? 私が?
私はただの修道女なのに。
ゴーストを退治するなんて……無理だ。
するとまるで私の考えを見通したかのように、アズレークが口を開いた。
「パトリシア、君は修道女だが、聖女ではない。でも君には聖女を演じてもらう必要がある。そのためには、聖なる力が使えないとならない。だが聖なる力なんて、手に入れるのは無理だ。だから代用として、君に魔法を使えるようになってもらう。そのために私の魔力を、君の中に送り込む必要がある。これから10日間かけ、魔力を送り、その体に蓄積させる。ゴースト退治と王太子に魔法を使う時のために」
「魔力を私の中に蓄積!? そんなことできるのですか!? それに聖女を演じるなんて……。私はただ、王太子の懐に潜り込む、すなわち近くへ行けばいいのではないのですか? あとはあなたの魔法と道具で、勝手に廃太子計画が進むのではないのですか!?」
王太子の寝室に、アズレークが用意したある道具を忍ばせれば、あとはその道具がアズレークの魔法に反応し、魔力を奪うような動きをするのかと思っていた。まさか私に魔力を与え、魔法を行使させるなんて、想像もしていない。
「ただ王太子のそばに行けばいいのなら、スノーにだってできる。パトリシア、君は王太子にギリギリの距離まで迫る必要がある。そしてその場で私があらかじめ渡しておいた道具を取り出す。それを取り出せば、君の中の魔力が道具に反応し、魔法も発動できる状態になる。そうなれば後は勝手に道具と魔法が作用し、君の意志とは関係なく、計画を遂行してくれる」
そう言うと、アズレークの黒い瞳が、射抜くように私を見た。
これまでにない鋭い視線に、心臓がドクンと大きく反応してしまう。
「さあ、答えてもらおう、取引は成立か?」
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