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9:君に拒否権は残念ながらない

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とんでもない提案に、口をぽかーんと開け、固まってしまう。
元公爵家令嬢とは思えないこの姿に、アズレークがクスリと笑った。

え、笑うところ……?
あなた、突拍子もない提案を私にしたのですよ。
王太子の暗殺?
そんなことできるわけ……。

「君に拒否権は残念ながらない。だって断れば、君は死ぬ」

落ち着け、私。
ここで安易な言葉を発すれば、それは命取りになるはずだ。
深呼吸を繰り返し、カップに残っていた紅茶を飲み干す。

「……アズレークさまに二つの疑問を提起します。まず一つ目。私は元公爵家令嬢です。父親の狩りに付き合うため、弓の使い方を覚えたり、多少の剣の扱いはできます。でも、誰かを暗殺するような腕は持ち合わせていません。その私に王太子の暗殺など、できるわけありません。そして二つ目。私は……最終的に選ばれることはありませんでした。それでも王太子さまのことが好きでした。今となっては、王太子さまはカロリーナ嬢の夫となる身。それでも、一度は好きになった相手です。暗殺など、例えそのスキルを持ち合わせていても、できないと思います。意志に反する行動は取れないと思いますし、失敗すると思います」

アズレークは黒曜石を思わせる瞳を細め、楽しそうに笑みをこぼす。

あり得ない提案をした張本人なのに、この笑みを見ていると、その事実を忘れそうになる。

「パトリシア、君の疑問は尤もだ。その二つの疑問に反論しよう。まず、最終的な王太子の暗殺は、私の魔力を、魔法を使って行う。だから君に求めることは、王太子の懐に入り込むことだ。次の反論だが、暗殺という少々物騒な言い方をしたが、王太子は死ぬわけではない。私の魔法とある道具を使うことで、王太子は王太子として機能できなくなる。つまり王太子から魔力を奪う。だがただの人間として、平凡な人生を送ることは可能だ。でも国王に立つのは無理という状態になる。だからこれは暗殺計画ではない。廃太子計画だ」

この国で国王になれるのは、魔力を持つ王族だ。
その魔力は、必ずしも強くなくてもいい。
魔力があればそれでいい。

なぜならそもそも魔力を持つ者は、稀な存在なのだ。
強力な魔力を持つ者となると、国中探し回って、いるか、いないか、というレベル。すなわち強い魔力を持つから国王になれる――だったら、現在の国王陛下は退位しなければならない。

今の国王陛下も魔力を有しているが、決して強いわけではない。それに強い魔力を有する者として、王宮付きの魔術師がいるのだ。国王は形だけでも魔力があれば、国の上に立つ者として、認められるというわけだ。

そして現在王太子であるアルベルトとはどうなのかというと……余裕で合格点をもらえる魔力を有していた。ゆえに第二王子だったが、子供の頃から王太子になることが決まっており、厳しい教育と修練を受けてきた。

「そんな……。国王になるために、血がにじむような努力を続けてきたのですよ、王太子は!? それなのに国王になれないなんて……、それは残酷では!?」

椅子の背もたれに体を預け、肘掛けに腕をのせると、アズレークは長い脚を組んだ。

「君の気持ちを考え、提案したプランだ。魔力を失い、国王になれなくても、凡人としては生きていける。だが本当に、殺害することもできる」

「な……! そんなのダメです!!」

「では取引成立でいいか? 私は君を暗殺しない。代わりに君は王太子を暗殺する。暗殺すると言っても、実際殺害するのではない。魔力を奪い、国王に立てない状態に、廃太子に追い込むだけだ。取引が成立しない場合は……君は知らなくていいことも沢山知ってしまった。だから」
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