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第二章 シルヴィアの店編

23.リゼッタは眠る

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バイト初日だったこともあり、最後の客が店を出て、立て掛けたピンク色の看板を店内に仕舞い込む頃にはクタクタに疲れていた。ありがたいことに店の二階を住居として使って良いと言われたので、シルヴィアに礼を伝えて階段を上がる。

ちいさな部屋の中にはベッドとシャワールーム、トイレといった必要な設備がすべて揃っていた。食事は店の余り物を食べて良いと言われたし、シルヴィアには本当に頭が上がらない。

(精一杯働いて恩を返さないと…)

心の中で決意をして、窓の向こうでもう明るくなりつつある空に目をやる。

ノアは今頃眠っているのだろうか。自分たちが使っていたベッドに彼は一人で居るのか、それとも隣にはカーラが居るのか、そこまで考えてネガティブな思考に嫌気がして目を閉じた。

本当は会いたくって堪らない。
一人で眠るのなんて随分と久しぶりで、手を伸ばして触れられる距離にノアが居ないことは信じられなかった。

「………ノア、」

自分から彼の元を去ったことを、決して後悔しないと決めていた。私は自分が正しい選択をしたと思い込みたかった。あのまま、聞き分けが良く、都合の良いお飾りの婚約者で居ることは到底できなかったのだ。

いつか、いつかきっと、私はノアのことを責めてしまう。カーラを見つめる優しい目を嫌って、最悪の場合は彼の前で彼女のことを泥棒と罵ってしまうだろう。そんなことはしたくない。嫉妬なんて醜い感情を、ノアの前で出したくない。


シルヴィアが持たせてくれた惣菜は、ピクルスや生ハムなどお酒が進むものがメインだったが、塩加減のちょうど良いマッシュポテトや、酔い覚ましのためかミネストローネのスープもあってお腹が温まった。

「美味しい…」

どんなに落ち込んでいても、お腹は減る。悲しみでどうにかなってしまいそうな夜もいつか終わって、また新しい一日が始まる。ずっと下を向いたまま歩くことは出来ないことぐらい、私は分かっていた。

ノアが居た毎日を早く過去のものとして受け入れなければいけない。私はもう、アルカディアの王子の婚約者ではない。私の一喜一憂を見て、隣で笑ってくれた人は居ないから。誰にも甘えずに自分の足で立って、前へ進むしかない。


少しくたびれたベッドは、身体を乗せると軋んだ。

薄い大きなタオルを引っ張って身体に掛ける。この部屋にある物はすべて、かすかにシルヴィアの香水の匂いがした。シルヴィアはイランイランのようなセクシーな香りがする香水を付けている。少し薄くなったその匂いは、ほどよく気持ちを和らげて私を落ち着かせた。

眠って起きると、また新しい一日を迎える。
ノアの居ない世界に慣れるためには、あと何度夜を越えれば良いのだろう。


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