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3 魔法学校の聖人候補
496 宝石商〝セイ〟
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496
「本当にこのところツイてないわね!」
今日もパーティーに忍び込み、新たなターゲットを探すキャサリナは、いいカモを見つけられぬまま、彼女の《魅了》に引っかかり、下僕と化している男たちにあれこれ指図しながら、飲み物や食べ物を運ばせていた。
手元の皿をつつきまわしながら、出るのは愚痴ばかりだ。
(あーあ。計画通りにいっていれば、今頃は〝天舟〟で、悠々と空の旅を楽しんでいるはずだったのに……)
彼女は自分の完璧な魔法が、なぜサイデムに破られたのか、その理由がわからないことに苛立ち、あれから安眠することさえできずに過ごしていた。
(途中までは、ちゃんとサイデムは引っかかっていたはずなのよ。ああ、なんで解けちゃったのかしら!!)
イライラが高じて、普段は《幻惑魔法》の妨げになる可能性があるため口にしない、きつい香りのするタバコを長いキセルでふかし始めたその姿は、彼女の《魅了》がなければ、周囲に不快な印象を与えるほどやさぐれて見えた。
キャサリナはやはり宝石の消耗が気になるようで、何度も袖の中の腕輪を確認し、その度に眉間にしわを寄せている。
「こんなショボいパーティーのために使いたくないわぁ……」
腕に隠した《魅了の腕輪》の宝石は、もう半分が色を失い、欠け始めているものも増えている。それでも彼女の《魅了》の効果は健在で、腕輪の効果によって人々は彼女に引き寄せられてくる。
キャサリナはそんな荒んだ気持ちを隠し、人々へかりそめの笑顔を向けて挨拶しながらいつものように値踏みしていく。そうして数人の男女と立ち話をしていたキャサリナの腕に、何か硬いものがコツンと当たった。
「ああ、申し訳ございません。うちの妖精が失礼致しました」
そう言いながら、キャサリナに微笑んだのは、青い髪をした美青年だった。それも尋常ではない美しさの貴公子で、身につけているものも素晴らしく、さすがのキャサリナでさえ息を呑むほどの佇まいだった。
(なんていい男! それにこれはお金がありそうなだわ。これは捕まえときゃなきゃ)
「ほほほ、大丈夫ですわ。お気になさらず」
そう愛想よく言いながら、キャサリナはその美青年の横に大きな箱を軽々と持って立っている可愛らしい少年を見て、一瞬眉間にしわを寄せた。
(ちっ、妖精を使役してるんじゃ、あからさまな《魅了》は使えないじゃない。妖精って《魅了》が効かなくて厄介なのよ)
美青年は、再度の謝罪をした後、傍の妖精へ声をかけた。
「セーヤ、中のものには問題ないかい?」
その言葉に、箱を持っていた妖精は一番上の引き出しを開けて中を確認し、問題がないことを確認したのだが、その様子を見たキャサリナはギョッとし、その美しい箱に目が釘付けになった。
妖精が開けたその美しい装飾の施された箱の上段には、一目で一級品とわかる整然と分類されたグレードの高い大粒の宝石がビッシリと隙間なく並べられていたのだ。
(ものすごい数の宝石だわ。ああ、見たい、もっと近くで見たい!)
「見事な宝石ですわね。ワタクシも宝石は大好きなんですの」
妖精の存在を気にしつつも、キャサリナは《魅了》を目立たないよう使いながら、青い髪の美青年にすり寄っていき、青年は愛想よく彼女に自己紹介をした。
「それはそれは、良い方に巡り会えました。私は普段はパレスで宝石商をしている〝セイ〟と申します。今回、イスに滞在されているさる高貴なお得意様にお声をかけていただきまして、数週間滞在しているところでございます。ご興味がおありでしたら、ぜひ貴方様にも私どもの宝石をご紹介させていただきたいですね」
「まぁ、嬉しい! では、私のホテルへ来ていただけるかしら?」
「お望みのままに」
キャサリナは、セイという青年にもあまり《魅了》が効いていない様子に内心苛立ちつつも、宝石を見たいという気持ちが先に立ち、宿を教え、明日の午後にと約束をした。
(密室に近い部屋のほうが、私の《幻惑魔法》もかけやすいしね……)
翌日は、久しぶりにワクワクした気分で、朝から機嫌よくエステ三昧で英気を養ったキャサリナ。時間通りにやってきた宝石商セイを、優雅に出迎えると、そのイスでも最も高額なホテルのリビングルームへと通した。
「素晴らしいお部屋にご滞在なのでございますね。私どもに、キャサリナ様のお眼鏡に叶う宝石があるとよろしいのですが……」
そう言いながら、セイはお付きの妖精に指示をして、昨日のパーティーでも見た、素晴らしい宝石箱を開けさせ、宝石がビッシリと並べられたビロードの箱を取り出した。
そこにあったのは、まさにキャサリナのためにあるといってもいい、《魅了の腕輪》のために最適なサイズの色とりどりの宝石だった。
「こちらの段のものは、研磨済みの宝石でございます。お客様のようなお目の高い方でございましたら、ご覧いただければすぐおわかりになるとは思いますが、どれもとびきりのお品でございます。こちらの段には、研磨前の宝石もご用意しておりますので、デザインにあわせましてお選びになられるのもよろしいかと……」
セイの言葉を聞いているのか、宝石を凝視したままのキャサリナは、次々と箱の宝石を取り出してはうっとりと眺めていた。そして、しばらく宝石と戯れたあと、ふと気付いたように、少し鼻にかかったような声で
「貴方はワタクシにこれを安く売ってくださるのよねぇ」
と、《魅了の腕輪》をかざしつつ、薄笑いを浮かべて〝セイ〟に向かって言った。
だが、セイの答えは、キャサリナの目論見とは全く逆のものだった。
「申し訳ございません。私どもは品質で勝負しておりますので、お値引きには一切応じられません」
「本当にこのところツイてないわね!」
今日もパーティーに忍び込み、新たなターゲットを探すキャサリナは、いいカモを見つけられぬまま、彼女の《魅了》に引っかかり、下僕と化している男たちにあれこれ指図しながら、飲み物や食べ物を運ばせていた。
手元の皿をつつきまわしながら、出るのは愚痴ばかりだ。
(あーあ。計画通りにいっていれば、今頃は〝天舟〟で、悠々と空の旅を楽しんでいるはずだったのに……)
彼女は自分の完璧な魔法が、なぜサイデムに破られたのか、その理由がわからないことに苛立ち、あれから安眠することさえできずに過ごしていた。
(途中までは、ちゃんとサイデムは引っかかっていたはずなのよ。ああ、なんで解けちゃったのかしら!!)
イライラが高じて、普段は《幻惑魔法》の妨げになる可能性があるため口にしない、きつい香りのするタバコを長いキセルでふかし始めたその姿は、彼女の《魅了》がなければ、周囲に不快な印象を与えるほどやさぐれて見えた。
キャサリナはやはり宝石の消耗が気になるようで、何度も袖の中の腕輪を確認し、その度に眉間にしわを寄せている。
「こんなショボいパーティーのために使いたくないわぁ……」
腕に隠した《魅了の腕輪》の宝石は、もう半分が色を失い、欠け始めているものも増えている。それでも彼女の《魅了》の効果は健在で、腕輪の効果によって人々は彼女に引き寄せられてくる。
キャサリナはそんな荒んだ気持ちを隠し、人々へかりそめの笑顔を向けて挨拶しながらいつものように値踏みしていく。そうして数人の男女と立ち話をしていたキャサリナの腕に、何か硬いものがコツンと当たった。
「ああ、申し訳ございません。うちの妖精が失礼致しました」
そう言いながら、キャサリナに微笑んだのは、青い髪をした美青年だった。それも尋常ではない美しさの貴公子で、身につけているものも素晴らしく、さすがのキャサリナでさえ息を呑むほどの佇まいだった。
(なんていい男! それにこれはお金がありそうなだわ。これは捕まえときゃなきゃ)
「ほほほ、大丈夫ですわ。お気になさらず」
そう愛想よく言いながら、キャサリナはその美青年の横に大きな箱を軽々と持って立っている可愛らしい少年を見て、一瞬眉間にしわを寄せた。
(ちっ、妖精を使役してるんじゃ、あからさまな《魅了》は使えないじゃない。妖精って《魅了》が効かなくて厄介なのよ)
美青年は、再度の謝罪をした後、傍の妖精へ声をかけた。
「セーヤ、中のものには問題ないかい?」
その言葉に、箱を持っていた妖精は一番上の引き出しを開けて中を確認し、問題がないことを確認したのだが、その様子を見たキャサリナはギョッとし、その美しい箱に目が釘付けになった。
妖精が開けたその美しい装飾の施された箱の上段には、一目で一級品とわかる整然と分類されたグレードの高い大粒の宝石がビッシリと隙間なく並べられていたのだ。
(ものすごい数の宝石だわ。ああ、見たい、もっと近くで見たい!)
「見事な宝石ですわね。ワタクシも宝石は大好きなんですの」
妖精の存在を気にしつつも、キャサリナは《魅了》を目立たないよう使いながら、青い髪の美青年にすり寄っていき、青年は愛想よく彼女に自己紹介をした。
「それはそれは、良い方に巡り会えました。私は普段はパレスで宝石商をしている〝セイ〟と申します。今回、イスに滞在されているさる高貴なお得意様にお声をかけていただきまして、数週間滞在しているところでございます。ご興味がおありでしたら、ぜひ貴方様にも私どもの宝石をご紹介させていただきたいですね」
「まぁ、嬉しい! では、私のホテルへ来ていただけるかしら?」
「お望みのままに」
キャサリナは、セイという青年にもあまり《魅了》が効いていない様子に内心苛立ちつつも、宝石を見たいという気持ちが先に立ち、宿を教え、明日の午後にと約束をした。
(密室に近い部屋のほうが、私の《幻惑魔法》もかけやすいしね……)
翌日は、久しぶりにワクワクした気分で、朝から機嫌よくエステ三昧で英気を養ったキャサリナ。時間通りにやってきた宝石商セイを、優雅に出迎えると、そのイスでも最も高額なホテルのリビングルームへと通した。
「素晴らしいお部屋にご滞在なのでございますね。私どもに、キャサリナ様のお眼鏡に叶う宝石があるとよろしいのですが……」
そう言いながら、セイはお付きの妖精に指示をして、昨日のパーティーでも見た、素晴らしい宝石箱を開けさせ、宝石がビッシリと並べられたビロードの箱を取り出した。
そこにあったのは、まさにキャサリナのためにあるといってもいい、《魅了の腕輪》のために最適なサイズの色とりどりの宝石だった。
「こちらの段のものは、研磨済みの宝石でございます。お客様のようなお目の高い方でございましたら、ご覧いただければすぐおわかりになるとは思いますが、どれもとびきりのお品でございます。こちらの段には、研磨前の宝石もご用意しておりますので、デザインにあわせましてお選びになられるのもよろしいかと……」
セイの言葉を聞いているのか、宝石を凝視したままのキャサリナは、次々と箱の宝石を取り出してはうっとりと眺めていた。そして、しばらく宝石と戯れたあと、ふと気付いたように、少し鼻にかかったような声で
「貴方はワタクシにこれを安く売ってくださるのよねぇ」
と、《魅了の腕輪》をかざしつつ、薄笑いを浮かべて〝セイ〟に向かって言った。
だが、セイの答えは、キャサリナの目論見とは全く逆のものだった。
「申し訳ございません。私どもは品質で勝負しておりますので、お値引きには一切応じられません」
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