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24 思い通りになるものならないもの。
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「食事中に無粋だぞ!」
「しかし、我々にも事情がありますから」
それでも書類を出してくる銀行職員を渋い顔で見たが、タティオは書類を受け取った。そこにはタティオが遊ぶ為に借りた金が確かに返済されたと記載されている。
「ふん、アンゼリカのやつ。最初からこうすれば良かった物を!」
満足気に頷いてタティオの顔色は安堵でとても良くなった。結局アンゼリカは金を払ったのだ、これなら何とかなると。
「わざわざご苦労だったね、君達。お茶でも飲んで行くかね?」
そう言われたが、銀行職員達は薄く笑って
「我々は業務の途中ですので失礼致します」
と、さっさと帰って行ってしまった。
「まあ……仕事だなんて。庶民はあくせく忙しいのね」
ドロシーがため息と共に職員達の背中を見送り
「庶民は大変ね」
と、リルファは相槌を打つ。
「それにしても食後のお茶はまだかしら?私、御用達のフェイランのお茶以外飲まないんだからね!」
王家や高位貴族が嗜む高級店の名前を出すリルファ。その茶葉一缶でどれだけの金額が掛かっているか彼女は知らない。
「あの使えないメイド以外の奴らもいるんだろう?何故来ない?!」
トレントもイライラと言い始めるが、四人は忘れている。二人のメイドが買い物に出かけた後、この家にメイドは一人も居なかった事に。
だから夕食を食べる事も、夜の寝る支度も自分でしなければならなかったはずなのに。
呼べば頭を下げて飛んでくるメイドがいる生活に慣れきってそれが当たり前になっているから。気に入らないメイドはすぐクビにすれば良かったから。
庶民の家にメイドがいる事自体少ないと言うのに。
「……あれ?」
いつまで経ってもメイドは来るはずもなくお茶が出てくる訳もない。空になった朝食の食器がずっとその場に残るだけだった。
「執事は?!……いや、我々をここに案内したあの男はどうした?!」
「昨日帰ったと……そもそも執事ではありませんでしたね……」
「では新しいメイドは?!」
「私が知る訳ないじゃないですか!」
「えーー!どうなってるの?!」
「ち、父上がメイドをクビにするから!」
「私のせいだと言いたいのか!!」
醜い言い争いが起こり、しまいには物が飛び交う。折角買った値のはる食器は割れ、銀のスプーンは折れ曲がる。
「やだっ!怖い!」
堪らず部屋を飛び出したリルファだが、人にぶつかった。
「なんか派手にやってっけど、金、払ってくんね?」
「え……?」
ガラの悪い町の金貸しの男だった。
実際の所、ドロシーとリルファがザザーラン家に来る前に作った借金は随分早いうちにアンゼリカが精算していた。これは過去にアンゼリカと執事のフィリッツの会話である。
「何?この訳のわかんない借金」
「どうもこれから貴族になるからいくらでも奢ってやるとあの母娘は言いふらしているらしくあちこちで騒ぎを起こしております」
「馬鹿なの?」
「間違いなく」
しかし、証文は本物であったが良く見えるとあり得ない利息設定だ。こんな利息で金を借りる阿呆がいるとは、とため息をつきながらも、まだ小さいアンゼリカだが動かせるようになった余剰金を充てた。
「これ、放置したら物凄い額になるじゃない」
「さようでございますね、お嬢様。試算いたしますとこの位には」
示された数字をみて、もう一度「馬鹿なの?」「そのようですな」とやり取りをしてから
「後できっちり返して貰いましょう」
その計算に基づく取り立てであった。この取り立て人もアンゼリカの見込んだ人間の一人で本物の金貸しではない。こう言う荒事もこなしてくれる存在だ。
アンゼリカは色々な仕事をこなして行く上で沢山の部下を持つことが出来ていた。表の綺麗な仕事を任せる身も心も美しい人間。その人間に綺麗なものを見せる為につけられた見た目は美しく、中身は清濁を併せ呑める人間。そして……目的の為ならば非情になれる人間……。
「正当な報酬があれば良いのよ」
「それを見極められる事が出来る人間は多くないという事です」
アンゼリカは執事のフィリッツを見上げた。アンゼリカが家の全てを取り仕切るようになってすぐ、まともに給料もなくどれだけタティオをたしなめても聞いてもらえず、疲弊し、それでも責任感で働いていたフィリッツを思い出す。
「そうかしら?」
「ええ、そしてそんな少なく稀有な能力を持つ者の下につけることは、幸運以外の何物でもないのですよ、アンゼリカお嬢様」
あの頃はやっと屋敷で働く使用人達にまだ少ないながらもきちんと給金を出せるようになってきていた。これから彼らの手当ては水準以上になっていくだろう。そしていつも寝不足で肌つやも悪かったフィリッツもツヤツヤして、元から持っている頭の回転の速さを披露してくれる。
「……そうかしら?」
メイドが丁寧に入れてくれた疲労回復に聞くというハーブが入った美味しいお茶を飲みながら、アンゼリカが繰り返すと、フィリッツはいい笑顔を稀有なお嬢様に返すのだった。
「しかし、我々にも事情がありますから」
それでも書類を出してくる銀行職員を渋い顔で見たが、タティオは書類を受け取った。そこにはタティオが遊ぶ為に借りた金が確かに返済されたと記載されている。
「ふん、アンゼリカのやつ。最初からこうすれば良かった物を!」
満足気に頷いてタティオの顔色は安堵でとても良くなった。結局アンゼリカは金を払ったのだ、これなら何とかなると。
「わざわざご苦労だったね、君達。お茶でも飲んで行くかね?」
そう言われたが、銀行職員達は薄く笑って
「我々は業務の途中ですので失礼致します」
と、さっさと帰って行ってしまった。
「まあ……仕事だなんて。庶民はあくせく忙しいのね」
ドロシーがため息と共に職員達の背中を見送り
「庶民は大変ね」
と、リルファは相槌を打つ。
「それにしても食後のお茶はまだかしら?私、御用達のフェイランのお茶以外飲まないんだからね!」
王家や高位貴族が嗜む高級店の名前を出すリルファ。その茶葉一缶でどれだけの金額が掛かっているか彼女は知らない。
「あの使えないメイド以外の奴らもいるんだろう?何故来ない?!」
トレントもイライラと言い始めるが、四人は忘れている。二人のメイドが買い物に出かけた後、この家にメイドは一人も居なかった事に。
だから夕食を食べる事も、夜の寝る支度も自分でしなければならなかったはずなのに。
呼べば頭を下げて飛んでくるメイドがいる生活に慣れきってそれが当たり前になっているから。気に入らないメイドはすぐクビにすれば良かったから。
庶民の家にメイドがいる事自体少ないと言うのに。
「……あれ?」
いつまで経ってもメイドは来るはずもなくお茶が出てくる訳もない。空になった朝食の食器がずっとその場に残るだけだった。
「執事は?!……いや、我々をここに案内したあの男はどうした?!」
「昨日帰ったと……そもそも執事ではありませんでしたね……」
「では新しいメイドは?!」
「私が知る訳ないじゃないですか!」
「えーー!どうなってるの?!」
「ち、父上がメイドをクビにするから!」
「私のせいだと言いたいのか!!」
醜い言い争いが起こり、しまいには物が飛び交う。折角買った値のはる食器は割れ、銀のスプーンは折れ曲がる。
「やだっ!怖い!」
堪らず部屋を飛び出したリルファだが、人にぶつかった。
「なんか派手にやってっけど、金、払ってくんね?」
「え……?」
ガラの悪い町の金貸しの男だった。
実際の所、ドロシーとリルファがザザーラン家に来る前に作った借金は随分早いうちにアンゼリカが精算していた。これは過去にアンゼリカと執事のフィリッツの会話である。
「何?この訳のわかんない借金」
「どうもこれから貴族になるからいくらでも奢ってやるとあの母娘は言いふらしているらしくあちこちで騒ぎを起こしております」
「馬鹿なの?」
「間違いなく」
しかし、証文は本物であったが良く見えるとあり得ない利息設定だ。こんな利息で金を借りる阿呆がいるとは、とため息をつきながらも、まだ小さいアンゼリカだが動かせるようになった余剰金を充てた。
「これ、放置したら物凄い額になるじゃない」
「さようでございますね、お嬢様。試算いたしますとこの位には」
示された数字をみて、もう一度「馬鹿なの?」「そのようですな」とやり取りをしてから
「後できっちり返して貰いましょう」
その計算に基づく取り立てであった。この取り立て人もアンゼリカの見込んだ人間の一人で本物の金貸しではない。こう言う荒事もこなしてくれる存在だ。
アンゼリカは色々な仕事をこなして行く上で沢山の部下を持つことが出来ていた。表の綺麗な仕事を任せる身も心も美しい人間。その人間に綺麗なものを見せる為につけられた見た目は美しく、中身は清濁を併せ呑める人間。そして……目的の為ならば非情になれる人間……。
「正当な報酬があれば良いのよ」
「それを見極められる事が出来る人間は多くないという事です」
アンゼリカは執事のフィリッツを見上げた。アンゼリカが家の全てを取り仕切るようになってすぐ、まともに給料もなくどれだけタティオをたしなめても聞いてもらえず、疲弊し、それでも責任感で働いていたフィリッツを思い出す。
「そうかしら?」
「ええ、そしてそんな少なく稀有な能力を持つ者の下につけることは、幸運以外の何物でもないのですよ、アンゼリカお嬢様」
あの頃はやっと屋敷で働く使用人達にまだ少ないながらもきちんと給金を出せるようになってきていた。これから彼らの手当ては水準以上になっていくだろう。そしていつも寝不足で肌つやも悪かったフィリッツもツヤツヤして、元から持っている頭の回転の速さを披露してくれる。
「……そうかしら?」
メイドが丁寧に入れてくれた疲労回復に聞くというハーブが入った美味しいお茶を飲みながら、アンゼリカが繰り返すと、フィリッツはいい笑顔を稀有なお嬢様に返すのだった。
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