魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

10節 宰相の受難 ①

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「エイジ様、私は怒っています。理由はお分かりですか」

 朝。執務室に入ったら、いきなり叱られて面食らう。

「えっ、いや……イマイチ見当つかないなぁ」

 あの後すぐに寝て、そして普段通りの時間からやや遅れて起き、始業時間ギリギリに入っただけなのだが。

「……はぁ。エイジ様、深夜も働いていましたね?」
「ん、ああ。……そうか、ここに勝手に入ったことかな、すまない」

「いえ、そうではなく……はぁ、重症ですね。貴方は働き過ぎだ、と言っているのです。それに、執務だけならいざ知らず、アンデッドやゴーレムどもの対応もなさっていたと。ブラック労働を嫌い、他人には過労にならないようにと言い聞かせているのに。当の本人の意識が低いのでは意味がありません」

「大丈夫だ。適度に休んでいるし、このくらいのことならなんとも。それに、この国この城で起きる問題はオレの責任でもあるし、放っておけないだろ」
「そうですか……」

 溜息多めのシルヴァは諦めたように、それ以上は何も言って来なかった。

「さて、今日やることは……承認書類の処理と、昨日起こった事故、もしくは事件か……の被害の調査。それから当事者への聞き込みだ。犯人がいるなら、それも調べて暴かねばならんしな。そして夕方十六時には魔王様およびレイヴンと、今後についての会議か……」

 業務内容の確認等、ブリーフィングを始める統括部の面々。それが終わりかけた頃に、静かに扉がノックされて、きちんとした身なりの魔族が格式高い木箱を大事そうに抱えて入ってくる。

「失礼します。ご注文の品物、お届けに参りました」

 今までここの扉はよく蹴破ろうかという勢いで開けられていたので、ノックありで静かに開けられることの方が珍しく、拍子抜けに感じ、そして感覚ズレたなと皆思わざるを得なかった。

「そうか、ご苦労。で、その品物ってのは?」
「印鑑にてございます」
「おお、やっと来たか。遅かったじゃないか」

 と言ったところで、ふと違和感を感じ__

「あれ……いや待て? 頼んだの昨日だよな……ああ、色々ありすぎて昨日が遠く昔に感じる」

 エイジのぼやきに、また空気が重くなる。そしてハンコを持ってきた魔族もまた居た堪れない様子である。

「ま、ともかく。それは受け取らせてもらおう」

 木箱を開けると、中身を確認。依頼通りの出来であることを確認すると、早速それを用いて受領印を捺した。

「よし、これで少しは作業が捗りそうだな」

 押し心地も問題ない。自分が処理すべき書類を束ねると、机については次々と判子を押していく。

「さて、この調子でガンガンやって__」
「空元気ですわね」

 気合いを入れようとわざと張り切った声を出したら、秒で秘書に看破される。

「……わかる?」
「ええ、感情の機微には鋭いんですのよ。ずいぶんお疲れ、かつ機嫌悪いようですわ」

 途端に、エイジの顔は不機嫌な顰め面に。右手で頭を掴むように揉んでいる。

「昨日の事件の対応による疲労、今日も起こるんじゃないかというストレス。それだけじゃない。偏頭痛がしている。加えて寝不足に生活の乱れ、低気圧に眼精疲労に肩こりと、コンプリート状態でフルボッコよ。鎮痛剤もねえし……オレはね、集中が乱れるから、頭痛と腹痛は大嫌いなんだよ」
「なるほど、エイジ様はデリケートっと……では、不肖わたくし、マッサージして差し上げますわ!」

「おお、いいのか? 助かる。……で、上手いのか?」
「按摩術には明るくないですが、なんとなくはいけると思いますわ。では、参ります__え、何これ石像?」
「流石にそれほどなわけはな__なるほど、金属板ですね」
「え、そんなに凝ってる? ……確か、マッサージはノクトが巧かったはず。今度余裕があったら解してもらうか」

 そんなこんなで秘書達と談笑する和やかな時を過ごしながらも、彼は耳聡く不審な物音を聞きつけていて。

「おい、扉を開けておけ」

 部下に指示をして、部屋のドアを開けさせておく。そこへ、案の定魔族が駆け込んでくる。ドッキリと扉へのダメージは回避されたのだ。

「大変です‼︎」
「事件だな。どこで何があった。息を整えて簡潔に、理路整然と話せ」
「は、はい……城内数カ所にて、水道管が破裂。至る所が水浸しになってしまっています! 主に什器や食物への被害が甚大で__ 」

 その報告を聞いている時、彼は手中の筆を弄ぶだけだった。

「ふうん……」

 そして相槌さえ、あまり興味なさそうな生返事。

「おや、今回は飛び出して行かれないのですね」
「この件は、オレが出向く必要はなさそうだからな。エリゴスがなんとかするはずだ」
「流石にお疲れのようですもの」

「まあ、ともかくこれで今日も事件は起きるということ、そして大規模な実行グループがいることはわかったな。……これは、テロだ。そして、オレへの嫌がらせ、挑戦、明確な反乱である。見つけ出して、然るべき罰を下してやらねばな」

「あら? 宰相様の支持率は案外低いんですの?」
「幹部の皆様からの評価は極めて高いです。それは、今までの紹介した仕事ぶりからもわかるでしょう。しかし__」
「ああ、反乱分子とはどこにでも存在しうるものだ」

 飽くまで、三人の対応は冷静なものであった。表面上は。その裏には強い憤り、敵意があって、それが僅かに滲んでいるのを察してしまえる同僚らは気が気じゃない。

「……ああ、報告ご苦労。こちらは認知したので、対応に戻って構わない。……さて、今度こそ仕事をしよう。昨日の事件の報告書は来ているだろうか」

 ここで漸く居心地悪そうにしている伝令役の魔族に声をかけると、部下達にも目配せし、今日の統括部の仕事が始まった。

 ……しかし、この時のエイジには余裕がなかった。次に何処でどんな事件が起こるのか気が気でなく、目の前の仕事に集中しきれない。そのストレスは態度にも現れ、机を指で叩いたり、書類の角を弾いたり、貧乏揺りといった落ち着きの無さを示す行動へと変化する。その動きは部下達の気も散らしてしまうが、彼の心労を察して余りあるため注意することもできない。

 そんな中、再び扉が叩かれる。その音に皆は体を強張らせるが、今回の音は緊急性がない小さなものだった。そして扉が開かれ__そこから現れたのはモルガンだった。

「ああ、モルガンか。すまない、今は構っている余裕が__」

 エイジに近づいた彼女は、何も言わぬまま唐突にキスをしてその口を塞ぐと、自らの胸へと抱き寄せて頭を撫でる。

「……どう、少しは落ち着いたかしら? ここ最近、ずっと事件が続いてたから、アナタもイライラしてると思ったの。ワタシ自身も迷惑かけちゃったかもしれないし……でもワタシは、求めてくれればアナタを癒したいし、頼られたら助けになってあげたいのよ。困った時は、甘えてほしいわ」

 これがお姉さんの包容力とでもいうのだろうか、彼女に包まれ宥められているうちに、エイジの苛立ちも収まっていく。

「くっ、これがヒロイン力とでもいうんですの⁉︎」
「癒し……ですか。これは、私には……」

 そして今回ばかりは、彼女のこの対応を責められる者などおらず。寧ろ、その対応に感謝する程であった。

「ありがとう、モルガン。君のおかげで、少し楽になった。……ま、それはそれとして、なんだか嫌な予感がするぞぅ! キミ、一応扉から離れておきなさい」

 エイジの言葉に皆がまた引き攣った顔をする。そして、エイジが扉付近で呆けている魔族の手を引いて離すと同時に、またいつものごとく扉が勢いよく開いて、息を切らした魔族が飛び込んでくるのであった。

「は~い、今度はな~に~」

 もう諦めた様子で、逆にのんびりと余裕を持って訊くエイジであった。

「それが……家畜や魔獣達の囲いが破壊されて……」
「あ~、うん~、大変だねぇ~」

 エイジの、あまりにやる気のなさそうな様子を見て青ざめる魔族をよそに、彼は書類の束を手に取ると__

「ライル、エリゴスに報告して柵用の木材を揃えるよう伝えろ。マルコ、エレンに伝えて魔物達の退路を飛竜部隊に防がせとけ。キートン、捕獲用の魔導具をフォラスに申請。シルヴァ、縄や鎖を速攻かき集めてオレに寄越せ。マルコ、リオン、キミらは先行し情報収集。その情報はオレより先にレイヴンや実働隊に伝えろ。ダッキ、ゼト、キミらは私に同行しろ。そして、モルガン、協力をお願いしたい」
「ええ、任せてちょうだい!」

 それらを整理、片付けしながら指示をどんどん出していく。判子やら専用の道具も孔を開けて放り込み__

「さあ、ボヤボヤするな! 総員、行動開始‼︎」

 部屋から飛び出すのであった。

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