魔王国の宰相

佐伯アルト

文字の大きさ
上 下
68 / 200
Ⅱ 魔王国の改革

10節 宰相の受難 ②

しおりを挟む
「さあて、今日のカオスぶりも絶好調だなぁ‼︎」

 囲いの数ヶ所が破られ、四方八方点々バラバラに魔獣と一般獣が逃げていく。何人かの魔族が捕まえようと走り回っているが、全力で疾駆する獣達にはそう簡単には追いつけず、手こずっている様子。例え魔力の恩恵で身体能力が高いとしても、体の構造が走行に特化している動物に追いつくのは至難の業だ。

「あの、大丈夫ですの? 疲れ過ぎて、おかしくなってしまわれたのですか?」

 開き直ったかのようにハイテンションなエイジを、ダッキが心配する。

「まあ、な。こんなんヤケになるだろ。嗚呼、酒が飲みてぇ……」

 別に酒が好きというわけではないし、アルコールには弱い方だけど、現実逃避がしたいのだ。

 と、ぼんやり眺めているうちに、エイジの視界の右上に、何かが飛んで来ているのが映る。

「お、来たか。よしダッキ、お前の役割を伝える。あの飛竜隊に協力するんだ。具体的には、幻獣化して炎なりなんなりで魔獣達の退路を塞ぐこと」
「幻獣化はあまり好かないのですけれど……仕方ありませんわね、行きますわ!」
「くれぐれも焼肉にはするなよ」

 指示を聞くと人間体のまま走っていった。幻獣化した方が速そうなのに。

「あの、私になぜ同行を命じられたのですか?」
「そうだな、ともかくシルヴァが来るまで待ってくれ」

 不思議そうにするゼトを尻目に、左目を閉じながら状況を眺めるエイジ。そしてそれからわずか十数秒__

「エイジ様、持って参りました」
「ああ、ご苦労さん」

 鎖やロープを輪にし束ねたたものを、手で持つだけでなく身体中に巻きつけたシルヴァが現れる。

「さてゼト君、キミを呼んだ訳だが……確か、飛べたよな」
「ええ、はい。飛翔可能です」

「足も速いよね?」
「ええ、自信はありますが……」

 そこまで聞くと、エイジはシルヴァの体からロープを数束取り、ニッコリ笑顔で渡す。

「はい、コイツで魔獣を捕まえようか」
「あ……はい」

 この惨状を見てしまったからだろう、よりによって一番面倒な役回りになったことに気づいたのか、厭そうな顔をする。

「貧乏くじは嫌か? あはは、オレもだけどもう既に四回引いてるんだよねぇ」

 そんなこと言われてしまったら、もう何も言い返せない。ゼトとシルヴァは拘束具を構えると、家畜達の捕獲に乗り出した。

 エイジもシルヴァから受け取ったロープ類を直様孔に仕舞い、前方を見据えて家畜に狙いを定めると、その瞬間ノーモーションでダッシュを始める。足に魔力を纏い全力疾走する最強種格のこの男は、クラウチングどころか片足を引くことすらせずに、直立状態から僅か三秒で高速道路を走る車並みの速度に到達する。といっても魔獣には流石に敵わないのだが……それでも通常の家畜には素早く追いつく。

 接近、捕捉すると前方に回り込んで、足や首、角なんかにロープを引っ掛ける。数匹纏めて引っ掛けるとその場に踏ん張って動きを一時的に止め、ロープを杭で固定したり拘束魔術をかける。捕獲が完了するとまた別の獲物を探す。

「はぁっ……仕方ねえ、少しギア上げるか」

 少し走っただけで息切れしてしまったが、解放率を二割から三割にまで上げる。これで魔獣と同速、或いはそれ以上を出せるようになる。更にそこへ肉体強化を掛け、魔力噴射を使うことでより速く、より体力の消耗が抑えられ、より小回りが効くようになる。

 彼はまず、逃げ遅れた足の遅い通常の動物から狙っていく。魔獣は直線では追いつくのに時間かかる上に、一体一体が遠く離れているため時間が掛かる。後で退路を塞いでから一箇所に集め、一網打尽にした方が効率よく捕まえられるだろう。

 飛竜達の最高飛翔速度は、猛禽類を凌ぐほど。地上を走る魔獣達より速い飛竜たちが退路を塞いでくれる、その信頼からこその判断だ。

 そして、エイジがまた十体程を縄で絡め取っていると__

「よし、始まったな」

 視界の隅で上から赤い光が降り注ぎ、また所々では花火でも上がったかのようにカラフルな魔術の光が瞬く。そして一際強く金色の光が輝くと、遠く離れたこちらにも熱波が届く程の、紫色の業火が立ち上る。

「アイツ、随分とはしゃいでやがる」

 この前戦った時より幾分火力が高そうで、少しの恐れと安堵があった。が、今はそんなことを考えている余裕はない。次々と家畜たちを捕獲しては、綱を固定していく。

 そこで、ふと足を止めて周囲を見渡す。少なくとも、自分が担当できる範囲に家畜の姿がないようだ。そのことを確認すると、片目を閉じ、千里眼で上空から現在の状況を俯瞰する。

 飛竜やそれに同乗した魔術師達が城周囲に展開し、火炎放射や結界で魔獣達の退路を断った。工作員が作業を開始し、囲いの修復作業に入った。戦闘員や魔術師達が出撃、拘束用魔道具や縄などで家畜達を捕獲していった。

 この規模感、恐らくこの二日間で最も大掛かりな作戦になるであろう。

「さて、と……」

 人員が増えたなら、わざわざ単独行動することはない。と判断するし、エイジは移動を始める。正直、もう流石に、一人で走り回るのは疲れたのである。

 今までの事件は緊急事態で人手が回らず、力ある自分が出なくてはならなかったが、連続して起こる度、徐々に他の部署の対応も速くなっていった。そろそろ独力解決の必要はないだろうと。

 彼が向かっていく先は外周部、退路塞ぎをしている部隊の方向だ。その移動方法は、スキップである。といっても歩幅が常人の比ではなく、一ステップ2,3mなのだが。そんな彼の心中は以下の通り。

__移動だるいな……アシになるものが欲しい、早く飛べるようになりたい……__

 移動途中にシルヴァや捕獲活動をしている部下を見つけると手招きして呼びつけ、外周部、ダッキのいる方へ向かっていく。

 幻獣の下へと近づくにつれて部下達の顔が強張っていき、攻撃をしようとするが、エイジはそんな彼らを手で制し、彼女に声を掛ける。

「ようダッキ、もう戻っていいぞ。ご苦労さん」

 九尾の幻獣は目だけを動かし彼の顔を見ると、そっと目を閉じる。そして全身が光ったかと思うと、仄かに光る粒子となって解けていき、何時もの人間体へと戻った。

「ああ、そういえばダッキの変身を見たことなかったのか。言ったろ、彼女は幻獣だと」

 そのことを聞いた皆は、かなり驚いた様子であった。

 因みに、ダッキ曰く形態変化する度に少なくない魔力を使うそうだが、幻獣体の方が肉体が強く魔力が活性化されるため、普段は人型、本気戦闘で幻獣体と使い分けるそうだ。

「っと、しに来たのはこれだけじゃねえ。エレンさん!」

 上に向かって叫ぶと一体の飛竜が降りてくる。竜も、それに跨る騎士も、他と纏う空気が違うから、見れば一目でわかる。

「何用カ」
「家畜達の捕獲が進んでいる。状況を見つつ、獣が少なくなっていったところから徐々に包囲を狭めてくれ。采配はあなたに一任する」
「承知シタ、任セヨ!」

 エイジの指示を聞くと再び飛び上がり、周囲の者たちと言葉を交わすと城の方へと向かって飛び去っていった。そして、彼の騎士が飛び去って暫くすると、竜騎士達の動きが変わる。

 火炎放射が止み、交差するように旋回した。のちにフォーメーションが組み変わり、徐々に包囲が狭まっていく。その動きは美しく、まるでアクロバット飛行隊宛らで見応えがある。

「よし、いい調子のようだ。おいお前達、呆けてんな! まだ仕事は終わっとらんぞ!」

 その言葉にハッとして、エイジの下へと集まってくる魔族達。

「よし、ここからは部隊を二分する。片方はオレが、もう片方はシルヴァが率いる。では、いくぞ!」

 エイジが突然走り出してしまったので、部下達も狽えてしまっていたが、数言交わすと、直ぐに彼を後を追う者と別の、方面に向かう者とで分かれた。

「よし、判断が早いな、上々だ。では、指示を出すぞ。まず私と数名で、鎖と魔力縄で魔獣達を捕まえる。で、その鎖を私が持って耐えるから、そのうちに君達が拘束するんだ。いいな? よし、作戦開始!」

 エイジは並走する三人に鎖を投げ渡すと走り出し、その三人も後に続く。

 四人はお互い言葉を交わすでもなく、誰に合わせるでもなく、思い思いに動いているように見える。しかし、アイコンタクトで相手の位置状態を把握し上手く誘導、捕まえていく。それ以外の者達も、魔術を使って逃げ道を巧みに塞いでいる。彼らは仕事を共にしているうち、それぞれの能力を把握し合い、こんな短期間でありながらも既に連帯感ができていた。

 彼らは息を合わせ、周囲の十数体の魔獣を一気に捕まえると、エイジに拘束具の先端をパス。彼はそれを十の指に絡め、体を強化し、力足を踏み、踏ん張って動きを抑える。

「ふっ、ぐおぉ……今だ!」

 その隙に部下達が魔術をかけて動きを止めたり、気絶させたりしていく。そして引きが完全なくなって、漸く彼は力を抜く。

「よし、あとこれを三セットってとこかな! 結構しんどいわ……」

 そうぼやくと鎖を仕舞い、部下を集めて別の場所へと向かう。そこへ__

「お待たせぇ!」

 モルガンが走ってやってくる。女の子走りで、胸も邪魔そうであり、実際魔族にしては遅い方。おかげで参戦が遅くなってしまったのであろう。

「ごめんね、人集めてたら遅くなっちゃった。……それでェ、今どんな状況なの?」
「最終フェーズに入った。後は、この魔獣どもを引っ捕えるだけだが……モルガンが何かできることはあるのかな」
「ふふ、あるわよォ? ワタシが戦ってるとこ、見たコトないでしょ?」

 モルガンが携えるのは、魔法少女風の小さな可愛らしいステッキ。それで魔術を放つのかな、というエイジは予想した。だが、その想像は外れることとなる。

 彼女が武器に魔力を込めると、その先端から魔力で形成された薔薇の鞭が伸びる。ファンシーな小道具は、凶悪な武器へと早変わり。

「じゃ、いくわよォ!」

 体を大きくしならせて、モルガンは鞭を放つ。それは意思持つように畝り、魔獣を打ち据える。また蛇のように追い縋って、足を捉えて転倒させた。更に、鞭で打ち据えられただけの魔獣も、倒れて泡を吹きビクビクと痙攣し始める。

「……何が起こってる」
「毒よ、麻痺毒」

 こともなげに、モルガンは嘯く。その鞭はクラゲの触手のように、薔薇が刺さると毒が冒すようだ。柔らかい体をフル活用した、新体操のような艶やかな動きに見惚れていては、その毒牙の餌食となろう。

 しかし、問題もある。

「モルガン、こいつらは後で食うことになる。そんな大事な家畜を、怪我や毒で傷ものにはしたくない」
「ん~、じゃあ障害物を作ってくれるかしら」

「オーダーは」
「なんでもいいわ~。岩とかでもなんでも、丈夫なものなら」
「了解だ!」

 その言葉と同時に、エイジは走り出す。その傍ら、戦鎚や大剣など重い武器を中心に飛ばして地面へ突き立てていく。

「巌よ、降り注げ!」

 かつ、都度立ち止まって魔術を展開。散布された陣からは岩が生えるように形作られ、落下し、岩山地帯となる。

「能力解放で、効果範囲は上がっている!」

 人差し指と中指を揃え、上に突き上げる。すると周囲の地盤が隆起し、石柱を創り上げる。

「これでどうだ!」
「ええ、カンペキ!」

 それら障害物の間を縫うように、モルガンは走り抜けていく。時には飛び乗り、飛び移り、魔力の縄を蜘蛛の巣のように張り巡らせていった。そこへ総務の部下達によって追い立てられた魔獣達が突っ込んでいくと、雁字搦めに絡め取られていく。暴れる魔獣によって鞭は張り、障害物は軋むけれど、より強く拘束され、遂に諦めたように大人しくなった。

「どお? ワタシ、凄いでしょ」
「ああ、惚れ直した」

 真正面から褒められたモルガンは、はにかむように微笑んだ。

「だが、これで終わりでもあるまい。さて、次に行こう」

 エイジが声を上げ、別の場所を見据えると、その場にいた者達も追従した。


 それから十数分後__

「だああ! 疲れた!」

 そう叫ぶと、エイジはその場に大の字に寝転がる。魔獣脱走事件は大半の魔獣が捉えられ、囲いも修復されたことで収束に向かっていた。

 そして、大の字に寝転がって数秒後。直ぐに彼は立ち上がり__

「よし、次は事情聴取だ。昨日の事件の当事者達を円卓部屋に集めろ、私は先に行っている」

 そう伝言すると、そそくさと城の中に戻っていった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

マレカ・シアール〜王妃になるのはお断りです〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,013

婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:250

日々雑観

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:1

うちのおじさんはロリコン。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

処理中です...