魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

9節 宰相のお仕事 其の二 ②

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 さて、先程シルヴァの言った通り、統括部の者はエイジが備品整理や掃除をしたり、既に机に座って事前準備を始めているのを見て、畏れ多いとばかりにギョッとしていた。エイジとしては、そんな遠慮は距離を感じて嬉しくないのだが。

「さあ、今日も仕事を始めるぞ。他の部署曰く、統計系の仕事はある程度終わりが見えつつあるらしい。これまでご苦労、そして次なる仕事に備えよ。それでは業務開始だ」

 朝礼挨拶を済ませ、エイジは席につく。その左右斜め前には秘書が侍る。

「さてと。ダッキとシルヴァには伝えておくことがある。……今のオレは機嫌が悪い。もし、今日ケンカしようものなら……タダで済むと思うなよ。特に、武器を持ち出すようなら即刻クビにしてやる。そろそろ、堪忍袋の緒が切れそうだ」

 ギロリと睨む。濃密な魔力を纏った、そのガチめな凄みに、秘書二人は縮み上がって必死に首肯する。この不機嫌さは、先程までの険悪さ故のトラブルによる迷惑、寝不足、そして嫌な記憶を思い出してしまったからだろう。

「それに、そこまで仲が悪いようなら、こちらにも案がある。何せ、秘書二人が同時にいる必要はないものな。昼夜を分けてしまおうか」

 その発言に対する返答は……沈黙。

「不満そうだな」
「だって……「エイジ様(オレ)がいなければ、やる気が出ない(サボる)から」……お見通しでしたわね」

 考えを読まれたダッキは少し恥ずかしそうにした。が、エイジの表情が全く明るくなっていないのを見ると、ビビり散らかして泣きそうになってしまう。それに対してエイジは呆れるばかり。

「つまり、エイジ様がいない時間を我々に任せるということですか? だとしたら……そもそも、私達にはどれほどの権限が与えられているのでしょうか?」
「オレの想定する秘書の権限は、統括部副部長以上、幹部以下だ」

「と、いうことは……上から魔王様、宰相、幹部の方々。それに次ぐ地位ってことですの?」
「その認識で間違いない。オレがいない間は、代わりを務められるだけでなければ困る」
「……思ってたより、めちゃくちゃ責任重大でしたわ」

 今更この地位に怖気付いたのか、ダッキは不安げに耳を伏せる。だが、不機嫌なエイジはもう構わない。

「さて、今日のオレの仕事は?」
「書類の整理が主となりますが、いくつか宰相への相談や、承認を求めるものがあります」
「なるほど……ついに来たか承認系」

 書類を読んで、その内容の是非を判断し印を捺す。よくあるやつだ。しかし、この時になって、いや正確には一昨日であるが、あることに気づいた。ので依頼を出す。

「オーダーだ、コイツを作るよう頼んできて欲しい」

 彼が差し出した紙には、印鑑の作り方や素材と底面のデザインが描かれていた。加えて赤インクについてや、ベリアル用の印鑑について、その他諸々条件について記述されていた。それを秘書づてに受け取った一人が部屋を出ていく。

 実は、先日の対談では相手側に印を求めたにも拘らず、魔王国に印鑑の文化はなかったのだ。

「一応、納期は明後日。早ければ早いほどいい。とりあえず、できるまではサインで乗り切るとしよう。早速だが、件(くだん)の書類を持ってきてくれ」
「はい、こちらになりますわ」

 ダッキが持ってきた数枚の書類に目を通す。

「ふむ……軍備の増強か。方針はどうかな……よし、承認」

 下の枠に魔族語の綴りで『エイジ』とサインする。

「さて、次はこれを魔王様のところに持っていってくれ。魔王様は筆記具をお持ちでない可能性もあるから、ペンを持ってくのを忘れずに」

 他にも何枚かの書類を吟味し、いくつかは突っ撥ね、また幾つかには提言を添えながら処理していく。

「……おや、もう終わりか」

 しかし、十件弱程度しかなく、呆気なく処理が終わってしまった。

「ここからが本番ですわ。こちら、以前の食材調達時の出費報告となります」

 その書類には、以前この部署の者たちを帝国に向かわせ食材調達させた時の出費が書かれていた。といっても金額だけではない。自給自足、物々交換が主流のため魔王国に貨幣はなく、宝物庫の宝飾類を帝国領内で換金した。そのため換金に使用した宝飾とその額、そしてそのうちどれほどを使用したか、ということが記述されている。

 この書類、彼にとっては極めて重要である。国家資金管理は彼の部署の役目であるだけでなく、いずれ貨幣を作る時の参考になると考えたからでもある。

「……よし、おおよそ把握した。しかし、これ間違いがあるような気がするぞ。もう一度検算を」

 疑わしい書類をシルヴァに渡す。すると、彼女は四桁の暗算を容易く熟し、すぐさま間違いに気付いたようだ。念のためもう一度計算し直し、やはり間違っていることを確認すると修正結果を綴る。この通り、シルヴァは頭の回転が速く、特に計算が得意なようであった。まるで電卓、いや、精密機械のようなヒトだ。

「あと、ここは誤字。これは矛盾。で、こっちは詳細が不足してる。それから__」

 それどころか、エイジは更に次々と誤りを指摘しては、遠慮なく書類に線を引いたり書き込んだりしていく。

「あら、こんなのよく気づきましたわね。これはなかなか分かりにくいですのに」
「オレは、ミスの指摘が得意だからな。他人の粗をあげつらったり、報告したり尻拭いをしたりってのに長けている」

「なるほど……それは、嫌われ役ですわね。目をつけられるのも納得です」
「そうなんだよ……」
「ですが、居なくてはならない必要な役割ではありませんか」
「そうなんだよ!」

 どうやら、エイジは自分の特技が肯定されたことで感涙しているようだ。彼の機嫌が少しは直ったことで、秘書達も少しは緊張がほぐれる。

「さて、これは作り直した後、複製してここと情報院で保管するように。それから……これに関連した情報が欲しい。情報室から書類を取り寄せてくれ」
「承知しました。ところでエイジ様、魔王様が相談があるから時間を取って欲しい、とおっしゃっていました」

「ああ、了解した。明日の夕方が空いているはずだから、そう伝えておいてくれ」
「かしこまりました」

 エイジの返答を伝えるべく、シルヴァは退室する。そして数名、それに続くよう退室していく。資料を取りに行ったのであろう。

「……あの、気になったことがあるのですけれど」

 彼女らが退室すると、おずおずといった様子で周りを見ながらダッキが訊いてくる。

「質問なら歓迎だ。どうした?」
「なぜ、今になってこのような仕事を?」

「……どういう意味だ」
「貴方様は切れ者ですし、いろいろ革新的なお考えをお持ちのようでしたが……そんなエイジ様がありながら、どうしてこんな初歩的なお仕事しかないのかなと思いまして」

「その質問には……オレの宰相就任は三週間前だから。が、答えになるかな」
「えっ⁉︎ 超最近じゃないですか!」

「そんなに意外か?」
「はい、随分と小慣れていた様子だったものですから。……確かにわたくしは全然のことを知りませんわね」

 ひどく驚いた後、何かぶつぶつと言っていたダッキだが、扉が開きシルヴァが戻ってきたことで中断された。

「ただいま戻りました。べリアル様からのお返事ですが、明日十六時半頃に円卓部屋に来るように、とのことです」
「ああ、わかった。では、それまでは通常業務をこなすとするか」

 空いた机に積まれた書類。それらをいくつか持ち込んでは、

「……あ~、常に頭使ってるし疲れた。甘いものが食べたいなぁ」
「エイジ様。簡単な業務は部下に任せて、重要なことだけやればいいと思いますわ」
「珍しく意見が合いましたね。私も同感です、エイジ様」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。今後の国策を練るとしよう」

 引き出しを開けると、殴り書きされたメモ用紙も何枚も取り出しては、彼独自の法則に従って並び替えていく。すると今度は、一枚の紙に美しく書き直していく。情報を簡潔に纏めつつ、フローチャートを作るように。

「よろしければ、次は何をどうするのか、教えてくださいまし」
「ああ、それは……魔王国が直近に控えるイベントとして、エルフら精霊妖精達との和平、同盟などといったものがある。その次には、魔王国の命運を決める、一世一代とでも言うべき計画が。それを実行するためには、備えとして、この国の全容を把握することが不可欠なのさ」

「その計画というのは?」
「まだ秘密」

「……そうですの」
「気が済んだなら、早く仕事を再開してください。彼が無駄なことをしていないのはわかったのでしょう、貴女が疑うことなどありません」
「いや、盲信はやめてと言ったはずだよ」
「……失念しておりました、申し訳ございません。以後気をつけます」

 そこで漸くエイジの要求した資料を部下達が持ち帰ってくる。彼らを労うと、その書類に目を通していたエイジであったが__

「ど、どうなさいましたの?」

 眉間に皺が寄っており、その顔は曇っていた。

「どうもこうも何も……地下に蓄えられている物資についての報告を見ていたんだが、わっかりにくい!」
「そうです? まとまっていると思いますけれど」

「……ここ、石材ってあるだろ? それがどのくらいの大きさで、どのくらいの量なのか、正確に分からん。個数で表されても、その大きさだとか材質だとかで全く変わってくる。実際に作業してる者は知ってるのかもしれないが、書類を見るだけではサイズのイメージが湧きにくい。他にも木材だとか武器だとかあるが、実際に規格が統一されてるかも分からない状況では、折角の資料に効果がなくなってしまう」

「では、どうすればよろしいでしょうか?」
「…………単位を作れればいいんだが……そう簡単じゃねえんだよなぁ……だから、相当困っている。この国独自の単位を早々に創り出してしまうか、それとも地球規格の単位にこだわるか、まだ悩んでるんだ」

「なるほど。そのような知識を持ちうるということは、異世界人というのは確かですし。宰相になれるほど頭がいいというのも間違いないですわね。でも、なぜそれほどまでにこだわるんですの?」
「さっき言ったろう? 次の次の備えのためにひつよ__」

 と突然、城内にドッカーン! という爆音が鳴り響く。その場にいた者たちは、ほぼ全員が驚きで身を震わせた。

「な、なにごとですの⁉︎」
「三階のようです!」

「そうか……よし、いくぞ! 二人はオレについてこい。他の者は指示があるまで待機だ!」
「「了解!」」

 真っ先に飛び出す宰相。それに全く遅れることなく秘書二人は追従した。
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