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甘いミルクティー〖第4話〗
しおりを挟む深夜一時。深山は目を覚ました。カタカタ、カタカタ、と器が揺れる音と、奥の小さな部屋のコレクションルームから聞き取れない位の小さな声がする。
深山はどこかあの不思議な老人の言葉を信じたくなった。そっと寝室のベッドを降り、冷たいフローリングの床を忍び足で歩く。
月明かりで影ができた。コレクションルームのドアを開けると、数人の品がある、美しい面持ちの老若男女が集まり、ひそひそ話をしていた。
声を良く聞きたいと、深山が歩みを進めた瞬間、フローリングの床がギィッと音を立てた。
『わぁ!』
と驚いた様子で集まっていた者達はあたふたと、それぞれの器の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。
器の置いてある位置がずれている。また、夢を見ているのだろうか?それとも、自分は頭がどうにかしてしまったのか?
立ち尽くす深山の肩を叩いたのは、思わず息を飲むほどの美しい少年だった。無言で俯いて、深山のガウンの袖を引っ張り、リビングに連れていき、あのティーカップに注がれた熱いミルクティーを差し出した。
「飲めと?」
深山が少年に聞くが、少年は答えない。ただ、俯いて、ちらちらと怯えた様子で深山を盗み見る。
見事な金色の巻き毛。白い磁器のような肌。紅い唇に碧い瞳。夢の続きか。なら、夢を見続けなければ損だ。深山は軽くソファにもたれ少年に訊いた。
「君は喋れないのか?」
少年は首を横に振るが何も言わない。深山は、考える。思い当たる節は……あった。あのクソ生意気なティーカップか。
忘れていた嫌な記憶をご丁寧に掘り返してくれたあのカップ。そう言えばあのとき『僕の主人』と言っていた。そして深山はカップに喋ることを禁じた。
多分だが、深山の命令は絶対らしい。どう見ても話をしたそうにしていた。敢えて無視して、熱いミルクティーを啜る。
「……美味いな」
そう深山が言うと、少年は照れ臭そうに笑った。しかし深山と目が合うと身を縮め泣きそうな顔をする。
「喋りたいのか?」
コクリと少年は目を輝かせ二回頷いた。深山は、ここで『喋って良いと言ったら何と言うか』と考える。
こいつのことだ、しおらしい態度なんて裏返して、じめじめ泣いて怒るか、
キンキン声で怒鳴り始めるか、
面倒臭くいじけるか。
意地の悪い笑いをし、深山は言った。
どちらにしろティーカップのご機嫌伺いなんて真っ平だ。どうせ、目が覚めれば、この夢も終わる。そう考えながら、
「許可できないな。君の声など聴きたくないからね。私が良いと言うまで、ずっと黙っていろ。君は私に思い出したくもないことを思い出させた。私を馬鹿にした。焼け爛れた手と顔に焼き付いた醜い火傷の痕をね」
少年は半泣きになりながら首を横に振る。酸欠の金魚のように何かを言っていたが深山には解らなかった。
『ごめんなさい』
『きらわないで』
『そばにいさせて』
少年の悲痛な無音の言葉は深山には届かない。深山はついには静かに泣き出した少年を見つめ、悠々とミルクティーを飲む。少年の整った容姿が、今の深山には不快感しか与えなかった。
「ご馳走様。人は簡単に裏切る。君を見ていると嫌なことしか思い出さない」
ぬるくなってしまったミルクティーを飲み干した瞬間、少年はふわりと姿を消した。啜り泣く音が鼓膜にまとわりついて離れない。全く、面倒だ。深山はまた、ため息をついた。
昼過ぎ目が覚めると、泣き明かしたのか瞳を赤くしたあの少年が、締めきった遮光カーテンと弱めの照明の中、ベッドに軽く腰かけ、じっと深山を見つめていた。
薄目を開け様子を見守る。髪で隠している左頬の火傷の痕が気になるのか、髪に触れたいのか解らないが、少年は、怖々深山の髪に手を伸ばす。
「何をしている」
びくっと震えて、少年は手を引っ込め、深山から目を逸らした。それから、少年は深山のガウンを引っ張り、開かれたドアの向こうのダイニングのテーブルを必死に指差す。
今度は何だ。テーブルに何があるのか。
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