三日月のリアライズ

アラタ

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Escape(逃亡)⑤

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 頬に雫が落ちる。雨か。
 いや、雲のないよく晴れた月夜だったはず。 

「起きて、起きてよ。死なないで」

 目を開けると、ライナスが泣きながら俺を見下ろしていた。傍らにヨークがたたずんでいる。どこからともなく虫の音が聞こえた。

 落下の衝撃でブラックアウトしたらしい。俺は生い茂った草むらの中、仰向けに倒れていた。体が動かない。

「良かっ……僕……」

 しゃくりあげながら、ライナスが涙をぬぐった。奇跡だな。ライナスが生きてる。俺は心底安堵した。

「なんで泣いてんの?」

 どこか痛いって意味の涙かな。けっこう高い位置から落ちたもんな。俺はぼやけた思考のまま訊ねた。

「なんでって、だって。僕が怪我しないようにクレイがとっさに抱きしめてくれたんだよ。クッションになって、助けてくれたんだ。僕の下敷きになってクレイが死んじゃったんじゃないかって、思って……」

 ああ、確かに空中で抱き寄せた。ライナスは柔らかいから、守ってやらなきゃ死んじゃうだろう。

「俺の名前、教えたっけ」
「アランのメモに書いてあったよ」
「C-ray-3333(シー・アールエーワイ・フォースリー)だよ」
「うん、Crayクレイでしょ。そう呼んじゃだめ?」

 先生。また俺を人間ぽく呼ぶ人が現れたよ。どうしようか。人間は嫌いなんだよ。もう関わりたくないのにね。俺が一緒に逃げようって誘ったんだ。自業自得か。

「いいよ、好きに呼んで」

 ほっとしたようにライナスがかすかに笑った。女の子みたいな笑顔で可愛かった。少年やめて女の子になればいいのにって、つい口走りそうになった。怒られそうだし、やめておこう。

 仰向けのまま視線を夜空に転じると、白く輝く天の川が見えた。地上でもがいてる自分と比べるとあまりに優雅で美しい眺めだった。

 歩けるか。厳しいか。

 ライナスを安全な場所に連れて行くまで、俺は死ねないんだ。手の指に力を入れる。わずかに動いた。大丈夫、俺はまだ生きてる。

 ふと、先生以外に連絡を取れる唯一の人物の顔が浮かんだ。頼ってもいいかな。関わり合いたくないと思っていても、所詮俺は人間界に暮らすロボットだ。つながりを断つなんてできないんだ。

「ライナス……俺さ、けっこうダメージ受けてるみたいで、このままだと自動修復に入っちゃうんだ。しばらく意識がなくなるから、その前に頼まれてくれ」

「なに? なんでもするから言ってよ」
「ヨークの通信装置使って、いまから教える番号に電話して」

「クレイ、できないよ、ネットにつながってないの。外部と接触できないように、アランがロックしてる。何度か間違うとシャットダウンするよ」

「再プログラミングは得意なのに、ロックは解除できないのか」
「プログラムは決まったコードだもん」
「来いよ。解除するから」

 機械の設定は得意だ。寝っ転がったままヨークのボディを開いて、内臓されたタッチパネルをいじる。アランのロックはさほど高度じゃなく、三十秒程度で解除できた。あとはその辺に飛んでるWi-Fiを拾えば完了だ。
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